六十三日目の生きる意欲:デパ食品コーナーのお惣菜フルコース
二千二十四年七月二十三日。
お勤め品がお勤めをしている時間に買って来たお惣菜ですが。
合計千円くらいかけて、コンパクトなフルコースを用意しました。
内容としては以下の通り。
前菜:茄子の煮びたし鰹節風味。
魚類:アジのフライ酢玉ねぎを添えて。
肉類:鶏むね肉のボイル胡麻ダレ味トメィトと共に。
甘味:カットスイカ。
昼間の間に水分を大量に摂取していたためか、茄子の煮びたしを食べてアジのフライに取り掛かった辺りで、体中から大量の滝の汗が放出され。
服で額を滴る汗をぬぐいながらアジフライを食べました。
何より、メインより、添え物の野菜達がすごく旨味なのです。
そう言うわけで、たっぷりの晩御飯を食べました。
順番が逆に成りますが、朝と昼のご飯は。
朝、おにぎり二個。ジャスミン茶。
昼、野菜たっぷり水餃子のスープ。レタスサンド。
と言う内容です。
なんだか今日は体に良いご飯を食べている気がする。
そして時間は二十一時。腹、減る。だけど夜間に食物を食べない主義。
ついでに明日は週の中日。ホウレンソウを食べる日だ。
冷凍ホウレン草も買って来てあるので、勝手に中日にラストエリクサーを食べる事にしてある。
ん? ラストエリクサーってホウレン草の事だったのかって?
うん。俺んちでの、設定。
すごいよね、設定って全てを可能にするんだよ。
だけどね、設定でガチガチに縛ると、執筆者と登場人物は乖離を起こすんだよ。
まぁ、ガチガチに縛っても良作を書ける人はいるけど、僕はある程度イマジネーションの余地を持って書く方が…簡単に言えば個人的な好みなのです。
小説の中で「設定」を乱用すると疲れるけど、生活の中で「設定」を使うと、ちょっと日常が面白くなるのです。
日常の中に反映するんだったら、ちょっとした理由は必要です。
ホウレン草を例にすると、それを食べることによってすごく回復する物があったら、それをなんかの魔法薬っぽい名前で呼ぶとかね。
お月様が欠けて良く理由が、「地球に食べられているから」だったら、お月様が膨らむ理由は?
って考えた時に、「永久に膨らむ膨らし粉が入っているから」だと思ったら、お月様はとても美味しいパンケーキだと言う事になるのです。
ずーっと昔に、誰かがこねこねして焼いたんだよ。それがあんまり美味しかったから、「地球さんも食べる?」って言ったら、「食べる」って言ったんだよ。
地球さんが「美味しいからずっと食べて居たい」って言ったから、パンケーキを作った誰かは「永久に膨らむ膨らし粉」を発明したか、旅をして探したか、魔法の力で作ったんでしょうね。
大人っぽい人は、そう言う考え方を「子供っぽい」って思う事は分かっていますが、実際、想像力の原点なんてそんな単純なもんなんですよ。
それが日常で「設定」を使いこなすと言う事。そして自分が面白けりゃいいのさ。
にゃんぞ眠る時間であります猫明神。




