転の章2 邂逅
1 教練2
疾風の剣による結界を解いて剣をレオーネに渡して、僕は迅雷の剣を引き抜いた。
なるほど。少しだけ力が持って行かれるが、闘気を解放すれば耐えられる。と言うか、闘気を備えるもの以外には扱えないので鞘から抜けないようになっている。
「お前はこれを使え」
レオーネに鉄製の盾を持たせる。
「これでは兄さんの持っている迅雷の剣は防げないのでは?」
「その為に疾風の剣を渡したんだ」
疾風の剣が持つ風の魔力を盾に纏わせれば、迅雷の剣が放つ雷撃の影響を受けない。二本の剣が対になると言う所以だ。
疾風の剣は迅雷の剣と違って鞘による抑制は掛かっていないので、魔力を備えているレオーネならば腰に指したままでもその能力を解放できる。剣を抜かない状態であれば全ての力は盾に集中する。僕が振るう迅雷の剣の威力はすべて盾が纏う風の防壁に弾かれた。
「さて、次はお前の番だ」
「じゃあ行きますよ」
レオーネは疾風の剣を抜き放った。盾から発する圧力は若干軽減したが、その背後から強大な力が感じられる。
疾風の剣の恐ろしさはその効果範囲の広さである。離れていても風の刃を飛ばして攻撃できるが、幸いにもレオーネは狙った所へ当てられる技量はまだない。
それでも、離れて戦うのは危険だ。疾風の剣が繰り出す風の刃は僕には見切れないのだから。
迅雷の剣の雷撃を一発放って盾で受けさせる。その間に突進して間合いを詰める作戦であるが、レオーネの対応が読めない。となれば最も得意な攻め手で挑むしかない。
僕の選択は横斬り。剣を右腰の位置に構えて突撃する。
僕の渾身の右薙ぎを盾でがっちりを受け止めるレオーネ。返しが来る前に右へ飛んで第二撃を狙う。
レオーネはわずかに体勢を崩したので、反撃が来ない。まだ攻守の切り替えが拙いようだ。
実戦であれば立ち直りのきっかけを与えない様に畳みかけるところだが、これはあくまでも訓練なので一度距離を置いて仕切り直す。僕の方も両手持ちの大剣を扱い慣れていないので安定して使える技が少ないのである。
この訓練は外的要因によって中断を余儀なくされた。
2 カニスの一族
「これを使え」
と渡されたのは鉄製の盾。腕を通すベルトがあって、その先に持ち手がある。要するに左手に付けると他に何も出来ないが、守りに長けた造りである。
内側に小剣を固定する金具が付いていて、ここに疾風の剣を収めて右手で抜く。
本来は腰に剣帯と呼ばれるベルトを巻いて取り付けるのだが、僕の場合、腰に装具を付けると動きを阻害してしまう。
「戻ったら肩周りに付ける専用の装具を用意させるよ」
と言ってくれた。
稽古は盾で受けるのが精一杯で、剣を使う余裕は無かった。なんと言っても兄が持っているのは迅雷の剣だ。風の魔力を保っていないと受ける事も難しい。
もう少し小さな形で、先にスパイクを付けたモノであれば爪を扱う感じで戦えたかもしれない。
「囲まれているな」
と兄が手を止める。
「昨夜からこちらの様子を伺っていましたけれど、ようやく襲ってくる気に成ったのでしょうか」
「僕たちが疲れるのを待っていたのかもな」
兄は迅雷の剣を鞘に納めて僕に渡す。
僕も盾を捨てて疾風の剣を兄に手渡す。現状ではその方が戦いやすそうだ。
「物騒な歓迎だなあ」
と声が掛かる。
「何だお前たちだったのか」
取り囲んでいるカニス達の一人が後ろ足で立ち上がっている。
「知り合いだったか」
兄はまだ警戒を解いていない。
「知り合いだったか」
兄はまだ警戒を解いていない。
「そちらを紹介してくれよ、兄貴」
「弟のリュコスとその家族ですよ」
と紹介すると、
「まだ弟が居たのか」
と苦笑された。
「驚いていませんね」
「まあ十年で三人は少ないなと思っていたから」
「大丈夫です。こいつで最後ですから」
元々異種族間なので子供は出来にくいのだ。僕の群れで三人生まれたのは、僕の母が元々ユマンの血を引く混血だったからであろう。僕自身はユマンの血の方が濃い訳で。
「こいつはひどいな」
リュコスとその母親だけがこちらに近寄って来た。残りは皆外側を向いて警戒態勢を取っている。
「こちらのユマンは僕らの兄に当たるアレクサンドロス。父はアレクと呼んでいた」
「初めまして大兄貴。俺はリュコス。こちらは俺の母親のロゥトンヌです」
無作法なリュコスだが、自分より強い相手には敬意を払う。いつもより少しだけ言葉遣いを丁寧にしている。
「小柄だな」
と兄に言われて、
「俺たちカニスはフェレスよりも小型で、五年から六年で成人を迎えるので、これで成体なんですよ」
「リュコスは僕よりも一年後に生まれたので、今は七歳です」
ちなみにフェレスの方は成人に成るまで十年を要する。僕は今現在は兄と同じくらいの背丈だが、もう少し大きくなって兄を越える筈だ。ユマンが両手で扱う迅雷の大剣も、片手で振り回せるかもしれない。
カニスは群れを作って暮らすことを好むけれど、フェレスはどちらかと言うと縄張りを守って一人で過ごすことが多い。これはカニスが見晴らしがよくまた獲物の多い平原で生きていたのに対して、フェレスが込み入った森を主な狩場としていた事による。カニスは獲物を追い回して仕留める狩りを行うために長い時間走れるが、フェレスは待伏せを主にするために素早い動きが得意だ。僕の一族は草原を縄張りとして居るのでフェレスには珍しく群れを作って狩りを行うようになった。
「父さんはなんでカニスまで、娶る事に成ったんだ?」
「この辺り一帯のベスティアを纏め上げた際に、カニスたちから送り込まれたんですよ。見ての通り白い毛並みなので、疎んじられていたようです」
と説明したら、
「綺麗なのになあ」
「…狩りをするには目立ち過ぎますから」
と答えたら納得した。
「息子のリュコスが成人してカニス達の長に成ったので、待遇は大きく変わりましたけれどね」
「それは良かった」
3 晩餐
「まだ弟が居たのか」
父とカニスとの間に生まれた(現時点では)一番下の弟が現れた。
「初めまして大兄貴。俺はリュコス。こちらは俺の母親のロゥトンヌです」
小柄だがカニスとしては既に成人であると言う。母親の方は白い毛並みが美しいが、この弱肉強食の世界では価値を見出されなかったらしい。
「綺麗なのになあ」
息子がカニスの長に成ったので、母親の方も母親の方も畏敬の念をもって遇されていると言う。
「それは良かった」
昔の報復が怖いだけかもしれないが。
「それにしても、母親似の白い毛並みで狩りは大丈夫なのか?」
とリュコスに問い掛けると、
「その点は毛皮を被れば問題ありませんよ」
指が有るので道具を使った作業が出来るが、四つ足での高速走行は苦手らしい。
「その代わりにこう言うモノを使います」
と言って端に重りを付けたヒモ状の武器を取り出す。
「ボーラか」
投げて絡め取るのも良いし、片方を持ったまま鈍器としても使える。
「小刀も使えますけれど、兄貴ほど器用では無いので」
武器として使うのは最後の一撃だけらしい。
「姉さんたちみたいに、弓矢が使えると便利なんですが」
カニスは手首が回せないので弓矢をつがえる事が出来ない。
「確かに弓矢を使えば遠くから獲物を狙えるが」
僕が助けられた時も弓矢は持っていなかった。
「弓矢、特に矢は消耗品なので、滅多に使いませんからね」
とレオーネ。
「それにしても、何をしに来たんだ?」
とリュコス。
「大兄貴にも会って見たかったし。これが最後なんだから」
と言って両手を地面に付けて戦闘態勢を取る。
「仕方ないな」
「武器は使うなよ」
と釘を刺して距離を置くと、ロゥトンヌが僕の裾を引く。
4 人化の術
私はアレク様の裾を引いて草むらへ誘った。
地面を前足で叩いて屈んでもらうと、口を合わせて唾液を頂くと、
「成功しました」
私は人化の術によりユマンの形態を取る事が出来た。
ユマンの形態と言っても耳は顔の真横ではなく頭の上にあり、尻尾も残っている。
「ユマンの体液を取り込むことで可能になる、私の種族特有の術です」
「なるほど。君が父の子を宿す事が出来たのは、この術を使ったのか」
「この術は時間が来れば解けますが、その前に…」
無事に事を済ませて私は元の姿に戻った。
リュコスとレオーネ様の戦いも決着していた。
「まだ兄貴には勝てないなあ」
「そのままでは永久に勝てないだろうな」
とアレク様。
「ユマンの姿になって武器を使えればあるいは」
と言ってリュコスの背に手を当てる。
「闘気」
とレオーネ様がぽつり。
リュコスの様子が一変し、上体を起こした時には上半身の毛が落ちてユマンの様になっていた。
「顔は母親似だな」
とアレク様が私を見た。
「これは人化の術?」
とレオーネ様。
「獣人化の術と言うべきだろうな」
と言いながらリュコスに革の胴着を着せるアレク様。
「少し手ほどきをしてやろう」
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2で終わる予定だったけれど、もう一人の弟が出てきて少し伸びました。