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急の章2 奥義相伝

1 拳闘

「剣では勝ち目が無いのでこちらで勝負します」

 僕は拳を突き出した。

「まあそれも一興だろう」

 父は剣を弟に預けると、自分の拳で僕の拳に軽く触れて挑戦に応じた。

 僕の武装は弟と戦った時と同じ。父は裸だった上半身に肘まで袖のある革の服を着込む。よく見ると胸の部分が新しい皮で補強されている。十年前の戦いで破損した部分を補修したのだろう。本来ならこの上に金属製の鎧を付けるのだが、父の魔剣は雷を纏うので自滅を避けるために金属製の鎧を用いない。

 最後に戦ったのは僕が十歳になったばかりの時で、その時はまだ身長に差があったが、今はほぼ同じくらいだ。

 先手を取ったのは僕の方。と言うか父の方は貫禄を見せてこちらの手の内を探る構えらしいが。

 弟との戦いと同じく左右の連撃から始める。但しあの時と比べて手数は倍近い。右の打ち込みも三拍子と四拍子、つまり左二発からの三発目、左三発から四発目と変化を付けたより高度なモノだ。だが父の裁きは完璧で全く有効打が入らない。ならばと膝を曲げて腰を捻って上下左右へと狙いを散らしてみても直ぐに対応されてしまう。無理もない。僕に拳闘の手ほどきをしたのは父なのだから。

 技術では及ばない事は承知の上で、体力で押し切る心算だったのだが呼吸が続かない。一度距離を取る事にした。

 一応警戒をしていたのだけれど、追撃はしてこない。と言うか、父は初めの立ち位置から全く動いていない。余裕を見せているのか、あるいはスタミナを温存しているのか。

 と思って観察すると、父は肩で息をしている。年齢を考えれば衰えが見えてもおかしくはない。技術と経験がそれを補って余りある。

 今の手順をあと数回繰り返せば父の防壁を崩せるかもしれない。しかしその前には当然に反撃が来るだろう。そしてその時はこちらにとってもチャンスではある。

 僕は大きく息を吸って再度間合いを詰めた。左右の連打は先程より速い。しかも左も只の手打ちではなく腰を入れた打撃だ。それでも父の防壁は揺るがない。だが、一度目には笑みを浮かべていた父の口元が引き締まっている。明らかに何かを狙っている。僕の連撃が止まった瞬間に返しの一打が来るに違いない。

 息を止めての連撃は十数秒。限界まで引っ張れば三倍まで伸ばせるが、そこまでやると疲労が溜まって次の攻撃まで回復に時間が掛かる。負荷を落とせば時間は伸ばせるが、それでは戦果が得られない。

 限界の寸前で攻撃を止めて後退する。そこへ予想通りの一撃が来た。それに合わせて左の一撃を当てる。

「避けられたか」

 僕の一撃は父の顔面に当たったが、後ろに下がりながらのモノなので威力はさほどではない。問題は父の攻撃だ。右の拳打ではなく掌打。その分だけこちらに届かなかったのだが、

「何故、掌打だったの?」

 と思わず聞いてしまった。

「今のは闘気格闘の極意で、敵の攻撃を受けながら闘気を溜めて一気に放つ。総じて反動法と言うが、拳を使うのが反動拳、掌を使うのが反動掌」

 拳を使う方が威力が凝縮して貫通性が高いが、当たれば金属製の鎧も打ち抜ける。掌打だと鎧をすり抜けて体の内部に威力が拡散して敵の動きを止めてしまうと言う。

「威力があり過ぎて、拳を使うと自分の拳も傷めてしまう、最後の手段だ」

 弟子たちにも教えたことが無いので僕も知らなかった。

「さてどうする。まだ続けるか?」

「止めておきます」

 僕は一礼して降伏を宣言した。


2 相伝レオーネ

 父と兄の戦いは僕の時とは全く違う。兄の打ち込み僕と対した時よりも激しく、その兄の激しい攻めを父は涼しい顔で凌いでいる。

『楽しそうね』

 母が傍に寄って話しかけてきた。母の念話は触れていないと通じないが、母を介すると言葉を発する事が出来ない姉たちともやり取りが出来る。

「父は手が出せないのか。それとも何かを狙っているのか」

『恐らくはその両方ね』

 と母。

『十年前に一度だけ見たことがあるわ』

 母と出会った頃、

『まだ胸の傷が癒えていない状態で、私の前の夫を殺した二人組と対峙して、左手がまだ自由に動かせずに右手一本で攻撃を往なし、攻撃に転じたと思ったらいきなり敵の一人の頭が吹き飛んで』

 驚いた相棒は尻尾を巻いて逃げ出したと言う。

「どうやったのですか?」

『それが、私にも良く判らないのよ。ユマンのみが使える闘気法だと聞いているけれど』

 魔力を見る事が出来る母にも闘気の流れは掴めないらしい。僕の目には父の周りの空気が微かに揺らいで見える。

 兄が攻め手を止めて一旦間合いを取る。父はまだ動かない。

 兄は息を調えると更に激しい攻めを仕掛ける。父も前に比べて余裕が見えない。

 兄が息切れを起こして動きを止めたところへ父の右手の平手突きが襲う。突き出しながら捻りを加えたので指が下を向いている。

 兄もそれは判っていたらしく、左拳を繰り出して父の顔にぶち当てた。後退りしながらの打ち込みなので力強さはさほどではない。

 どちらも左を前に出した構えなので、兄の左拳の方が敵に近いところにあった。更に拳と掌底の間合いの差もあって、この打ち合いそのものは兄が勝った。しかし戦いそのものは兄が負けを認めて終わった。

 母が二人の間に歩み寄り、僕もそれに続いた。

 父の周りにあった靄が消え、今度は兄の周りが揺らめいて見える。

「どうなっているの?」

「お前には闘気が見えるんだな」

 と父。


3 闘気法講義

「闘気を使えるのはユマンだけ。と言うのはかなり端折った説明だ」

 フィリップスは息子たちに語り始める。

 野生の中に生きるフェレスなどの獣人たちには初めから備わっている本能のようなモノで、文明に守られて生きるユマンはそれを必要としなくなった。

 戦いの中に身を置くユマンは生命の危機に晒された際に希にその力を目覚めさせる。

「俺は戦乱の中で十年を生き抜いてこの力に辿り着いた」

 これは教えて身に就く類いのモノではない。実戦の中で死の恐怖を感じる事で覚醒するのだが、特に相手が闘気使いの場合は可能性が高い。

「どうやら成功したらしいな」

 とフィリップスは笑い、闘気を制御する呼吸法を伝授した。

「これで条件は整った。今のお前ならこの剣を抜けるだろう」

 フィリップスはレオーネが持っていた剣を受け取るとアレクに渡した。

「抜けた」

「この魔剣は持ち主の生命力を吸って魔力に変える。その鞘は魔剣の力を押さえる為に俺が後から造らせたものだ」

 闘気があれば剣を扱える。故に鞘は一定量の闘気に反応して抜ける仕掛けになっているのだ。

「抜けるとすれば俺の息子のどちらかだと思っていた」

「僕も候補だったのですか?」

 とレオーネ。

「ユマンとフェレスの混血であるお前は剣を扱える可能性がある。純血のフェレスだとそもそも剣を持てないからな」

「剣を僕に渡して、父さんはもう剣を持たない心算なの?」

 とアレクに訊かれ、

「代わりにその腰にある小剣を貰いたい」

 とフィリップス。

「その剣は、疾風の剣と言って、お前に渡した迅雷の剣と対に成るものだ」

「この剣にそんな大層な名前が付いているの?」

 と不思議がりながらも差し出すアレク。

「ここに穴があるだろう」

 フィリップスは剣の柄頭を示し、そこに首に掛けていた宝石を嵌め込む。

「これでこの剣の本来の力が解放される」

 と言って剣を抜く。

「お前なら見えるだろう。レオーネ」

 疾風の剣は鍔が刀身と垂直に付いている極めてシンプルな十字型である。刀身は細身だが、レオーネの目には鍔の先端まで広がる魔力の刀身が見えた。切っ先も本来の刀身の先まで続き、対となる迅雷の剣よりも長い。

 魔力による見えない刀身だけでも充分に危険だが、疾風の剣は刀身を自在に伸ばす事も出来る。

「例えば、あの遠くにある大木が見えるな」

 と言ってフィリップスは剣を振り下ろす。遠くにある枝の一本が切れ落ちた。

「単に伸ばすだけでなく、無数に分裂させる事も出来る。近い距離なら鎧の隙間から入り込んで切り裂く事も可能だ」

 使い手次第では迅雷の剣よりも厄介だ。

「僕がこの剣を持って来なかったらどうする気だったの?」

 と息子に訊かれた父は、

「オリーには事前に手紙で知らせて置いた」

 と答えた。

「さてアレク。闘気に目覚め迅雷の剣を扱えるお前は俺よりも強い。今のお前ならこの群れを任せられるが、どうする?」

「え、それは僕が勝ったらと言う話では?」

「群れの王を選ぶのは俺では無くて彼女達だよ」

 とイヴェールを指し示す。

「私たちは誰であれ強いオスを求めます。アレク様であれば異存はありませんよ」


 アレクは新たな選択を迫られる。

 父に代わって群れの王となるか。

 父を残して群れを去るか。

群れを去る 転の章1へ

群れを継ぐ ?

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