急の章1 魔剣覚醒
1 剣撃
「剣を使います」
と宣言したら、父はニヤリと笑った。
「折角だから、自分の今の実力を確認したい」
父の剣に対して自分が携えて来た小剣ではまともな勝負に成らない。回収した剣の中から良さげなモノを選んだ。
鎧はレオンと戦った時と同じ。上半身は革製のジャケット。肘から先は革製の手甲、脛を守る革製の脚絆。右手に剣、左手に木製の盾。これは魔法の加護が付与されているので並の剣なら壊せない。父の剣は雷の魔法を帯びているので、金属製の盾や鎧では防御出来ない。無論剣で受け止めるのも厳禁だ。
父の方の武装は、腰までをガードする袖付きの革鎧。僕と違って脛当ては無く、ブーツではなくサンダルだ。雷を纏う大剣は攻防一体だが、自身も金属製の鎧を使えないと言う欠点もある。
「では俺に勝てたらこの剣もお前のモノだ」
父は剣を抜いて上段に構える。両手持ちの大剣は雷を纏って青く光っている。
最も威力のあるのは真下へ振り下ろす攻撃だが、それだと交わされた時の二の太刀が出ない。最善は斜め斬りだが、右から左と左から右では意味が違う。右上からの斜め切りは相手の左側、つまり心臓を切り裂く一撃必殺の剣だ。それに対して左からだと目標となるのは敵の右腕。つまり敵の攻撃力を奪うモノになる。
父が選んだのは左からの斜め切り。但し絶対に届かない距離から放った。
切っ先は届かずとも雷撃は飛んでくる。その威力は中位の魔導師の呪文に匹敵すると言う。
直撃すれば一発で終わりだが、盾を構えて防ぐ。真っ直ぐ飛んでくるから受けきれるが、中位の魔導師相手だと曲射が可能なので盾を迂回して目標に命中するらしい。
あの父が盾で受けられることを想定していない筈がない。この一撃は僕の足を止めさせて間合いを詰める為だ。こちらからも父動きが見えないが、向こうにも僕の対応は判らない筈だ。突きでカウンターを狙うべく、盾の陰で体勢を低くして剣を寝かせて一歩踏み込む。
ガツン。
盾に当たったこの感じは、父も突きで仕掛けて来た事が盾越しの衝撃で判った。
父の剣を左に捌いて、右の突きを叩き込む。
流石は父だ。後ろへ引くのではなくその勢いのまま体を捻って僕の突きを避けながらそのまま駆け抜けた。
ピキリ。
魔法で強化されている盾が一撃で破壊された。
僕は使い物に成らなくなった盾を捨てて、腰に指していた小剣を逆手で抜く。
今の一撃で父の剣は纏っていた雷を使い切った。これも時間と共に回復してくる。攻めるなら今が最初で最後のチャンスであろう。
父は剣の能力なしでも強い。あの大剣を使って僕の連撃を何無く捌いている。それどころか徐々に相手の剣が青白く光り始めてきたのだが。
バチン。
父の剣が雷撃を帯びる。間一髪で直撃は避けたが、雷撃が剣を伝って僕の両腕を痺れさせた。手甲で保護されている部分は無事なので剣をまだ握っていられるが、肘から肩に掛けての筋肉が痙攣して腕が上がらない。
「俺の剣は敵の剣と刃を交える事で力を回復するんだ」
「そんなの聞いていないよ」
敵の攻撃を受けきれる技があって初めて意味のある能力だが、父の様な卓越した剣技の持ち主が扱えばまさに天下無敵じゃないか。
僕は剣から手を放して、
「ここまでだよ」
とその場に座り込んだ。
2 継承
剣を使って戦う父を見るのはそれが初めてだった。
剣を使った戦いは前日にも見たが、父の剣は何か違う。
『貴方にもあれが見えるのね』
胡坐をかいている僕の膝に母が頭を乗せて来た。
「あれは一体?」
『十年前。私が魅かれたのは、あの人の持つあの剣の魔力だったわ』
母の話では、あの剣は天空から降り注ぐ雷の力を内に宿しているのだと言う。それは持ち手の命を吸って力を蓄えて、外に向けてその力を飛ばす事が出来る。
父が放った雷を受けて、しかし兄は立っていた。
「あんなものを喰らって平気だなんて」
『あの大きな木の盾を使って直撃を避けたのね』
盾の一部を大地に触れさせることで勢いを散らしたらしい。
その盾も父の突きを受ける際に壊れてしまい、兄の突き返しは父の体には当たらなかった。
兄は腰に差していたもう一本の剣を抜き、左右二本の剣を巧みに操って父を攻め立てる。
兄も侮れない使い手だ。昨日の戦いでも、五人の剣士に囲まれて(一人はすこし後方で見ていただけだったが)、相手を殺さない様に手加減をしていた。密かに忍び寄っていた叔母たち(母の産んだ娘なので上の姉でもあるが)にも恐らく気が付いていた。
すこし前まで笑みを浮かべていた父も今は受けに廻って顔つきも険しい。
『勝負あったわね』
と母。
父の剣は打ち合いの中で輝きを増していく。魔力が増大している証だが、兄には見えていなかったらしい。僕のこの見る力はユマンの魔導師であったと言う母方の祖父から引き継がれている。
「まあこちらもぎりぎりだったんだが」
父の大剣は重くて取り回しが易しくない上に、魔力を高めるには持ち主の生命力を必要とする。そこで敢えて攻めさせて力を溜めて爆発させた。
兄の両手にはもはや剣を振る力が残っていなかった。
戦いを終えた二人の間に母が割って入る。
父は腰を下ろして母を撫でながら僕を手招きする。
戦いを終えた二人の間に母が割って入る。
父は腰を下ろして母を撫でながら僕を手招きする。
「さてアレク。約束通りこの弟を連れてここを出て行ってもらうが。良いな」
最後の一言は僕に向けられている。
「旅立ちの花向けにこの剣をお前に譲る」
と言って剣を僕に渡してきた。
「どちらにしても剣を手放すつもりだったんですね」
と兄。
「この平原で暮らすには、不必要で過剰な力だからな」
と父は笑う。
「この剣の譲渡条件は二通りあって、一つは円満な継承、もう一つは決闘による奪取だ」
「僕よりも兄さんの方が強いのに」
「事はそう単純ではない。第一に剣の力が生命力に左右されるから、その点でレオーネンの方が勝る。まあそれ以上に、そもそもこの剣は太古の魔導師が作ったもので、魔法の素質と言う点でもレオーネの方に分がある」
「太古の魔導師は剣も扱えたのですか?」
と兄。
「この剣は最後の切り札的な使われ方をしたのだろう。魔力が尽きた時に生命力を魔力に転化して魔法を行使できるからな」
「なるほど。剣に雷を纏わせれば、余計な剣技は不要ですからね」
「そうだ。扱い方は見た通りだが、この剣は敵の放つ魔法も吸収して打ち返せる」
3 旅立ち
出発に際して最低限の装備を調えた。愛用の盾を失ったので回収品から上半身を守る板金の鎧を選んで身に付けた。鎖帷子があればベストだったのだが、残念ながらフェレスたちの爪で破損していて回収不能だった。
弟のレオーネの方は腰までをカバーする革鎧と脛までを覆うズボン。そして父が作ったと言うサンダルを履く。走る時に爪を使うので爪先は空いていた方が良い。そして顔の下半分をスカーフで覆う。目元だけなら十分に誤魔化せる。
「お前の方にも新しい武器をやろう」
と父。
「俺の剣は迅雷の剣と言うが、これと対になる疾風の剣と言うものがある」
と言って僕の腰を指差して、
「実はそれの事なのだが」
「え、そんな大層なモノだったんですか?」
「実は能力を封印してある。その柄頭の部分に穴が開いているだろう」
「ええ」
「そこにこの石を嵌めると、剣の本来の力を使えるようになる」
と言って宝石を渡してきた。
「どうやって扱うんですか?」
僕は宝石を嵌めながら訊くが、
「それは習うより慣れろだな」
と素っ気ない。
「一つだけヒントをやろう。この剣は虚実の使い分けが得意なお前向きだ」
その教えの意味は後に判る事となる。
「母さんにはどう説明しますか?」
話を聞いたらここへ来ると言い出しかねないが、
「お前の判断に任せる」
弟レオーネは母親を抱きしめて別れを惜しんでいた。
イヴェールさんは僕の足元に顔を摺り寄せて、
『息子をよろしくお願いします』
そして、
『オリュンピアスさんがいらっしゃるなら歓迎しますよ』
『オリュンピアスさんがいらっしゃるなら歓迎しますよ』
フェレスたちには一夫多妻は当たり前だ。母の方がその状況を受け入れるかどうかだ。
さて、問題は帰ってから王にどう報告すべきか。
王が父を殺そうと目論んだ黒幕だったとしても、父本人は無事な訳だし。
まずは母に報告して意見を聞くべきだろう。
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