89世界の終わり
どれだけの時間が過ぎたか。「絶魔終滅魔術」またの名を「神撃」と呼ばれる魔術は去った。
竜真は、古代の禁術の直撃を受けながらも、生き延びた。
しばらくの間、五感はなくなった。それでも、葵の手だけは強く握りしめていたつもりだった。
時間が経過するにつれ、徐々に感覚が戻ってくる。
始めは、触覚、それによって、自分が何かしらの地面の上にいるのが理解できるようになる。
次に、音。何も音はしないが、風が吹き抜ける音が聞こえるようになる。
そして、視覚。徐々に視覚が戻ると、竜真はゆっくりと目をあけた。
最初は、まだ、白黒のモノトーンの世界であったが、徐々に色覚も戻ってくる。そして、視覚が白黒になっていたのではなくて、実際の目に見える世界が本当に白と黒だけの世界になっていたのだと気づく。
それはとてつもない光景。
すべてが真っ黒に焼けた野原、見渡す限り何もない。
森もなければ建物もない。そこにあったはずの街がなくなり、至る所で黒い煙が上がるだけの焼け野原。
近くにガーデンの宮殿の残骸なのだろうか、レンガが転がっていたが、高エネルギーの影響を受けてか、どろどろに溶け、真っ黒に変色していた。
空は、どんよりとした灰色というよりも、ほぼ真っ黒の空が広がる。
それは、見事に、白黒で表現された世界だった。
これが、「絶魔終滅魔術」の威力だった。
それまで、多くの人が賑わい、音楽を奏で、花で飾られた華やかバランタインはなかった。
まるで違った世界に来たのかとも勘違いする程に、変わり果てた世界。
人は全く見えず、一面に広がる黒い残骸と黒く焼けた野原。
バランタインにいた人も多くは亡くなったのだろう。
周囲からは、焦げた独特の臭い。
それは、世紀末というべきか、地獄絵図といったほうが適切なのだろうか。
竜真は、その白と黒だけになった世界に唖然としていたが、すぐに、葵のことを思い出す。
「葵、無事か?」
竜真は、手を握っていた葵の方を見る・・・。
・・・。
・・・。
・・・。
・・・。
・・・。
・・・。
自分の手は、ちゃんとついている。なのに、その手が握っていたはずの葵は手はなかった・・・。
代わりに竜真は、人の形をした黒い物体を握っていた。
何だろうか、実に人の形によく似ている。
思考が止まる・・・。
竜真の心臓が、大きくドクン、と波打つ。
竜真の全身に、凍えそうなほどの冷汗がドバっとでる。
視線が黒い人型の物体から離れられない。
心臓が、誰かにギュッと握られ、全身から血流が止まったかのような、悪寒が全身を走る。
その人型の黒い物体の頭のところには、葵が身につけていたのと同じ、青い花柄の髪飾り・・・。
それだけは、黒い物体の中で、唯一色を保っていた・・・・・・。
竜真は周りを見た。きっと何かの間違いで、葵はすぐ周りにいるのだろうと、想いたかった。
だが、周りには誰もいない。
「葵?・・・葵!!!」
周りに向けて、声をかける。きっと衝撃で吹き飛ばされて周囲にいるのだろうと、周囲に声をかける。
だが、周りからは、何も反応はない。
竜真は、全身から力が抜け、黒い物体の手を握りながら、その場に倒れた。