88禁術発動
「絶魔終滅魔術」・・・
『多くの気を集め、濃縮した気を一度に放出し、目標地点に甚大な破壊をもたらし、すべてを終滅させる魔術。
まるで、神が一撃をくだしかのように、目標地点は破壊されるため、地方によっては神撃や、ゴッドブローなどと呼ばれることがある。魔術を発動するだけでも大多数の有能な魔術師の気を必要とする。必要とされる気の量が膨大であるが、はるかに離れた土地からでも発動することが可能である。ただし、過去の大戦を見返しても、その必要とされる気の多さから、使用された例は数例にしかなく、その詳細は残っていない。』
これが魔導書に書かれている「絶魔終滅魔術」についての記述だ。
魔導書とは古代に使われた魔術を記録として編纂したもの。だが、気をつけなければなないこともある。古代において、多数使用された魔術であれば、その正確性も信頼できるものであろう。だが、古代のおいて、滅多に使用されたことのない魔術であれば、その正確性は欠ける。
魔導書には、『詳細は残っていない。』と記載されるようにだ。
だからこそ、モルトは見誤った。この魔術は、過去においても一度も成功例がないことに気づかなかった。
ガーデンの頭上に浮かぶ赤黒い球体、本来は、これを敵地に転送し、爆発させるのだろう。
だが、誰も「敵地に転送」ということに気づくわけもない。
当然、その場で暴発し、術者を巻き込む。生存者は当然いない。
なので、この魔術を正確に記述できる術者もいないのだ。
それが、魔導書の「詳細は残っていない。」という記載の正体だった。
そして、時は来た。
今、ガーデンの頭上に浮かぶ赤黒い球体が、人の手の指先のぐらいにまで収縮したところで、爆発した。
最初に発生する第一波は衝撃波。周囲の森林をなぎ倒し、ガーデンの豪華な宮殿を破壊する。爆心地から円が広がるように広がり、衝撃波が通過した後は、残骸しか残らない。
「竜真、そのまま、あたしを引っ張って。あたしが、魔術シールドを張る。」
竜真と葵は、全力でガーデンの斜面をかけ下りていた。街へと下る道は曲がりくねっている。だが、そんなものを気にしては、間に合わない。道を突っ切り、藪を突き抜け、林の中をかけ下りる。
背後では赤黒い球体が爆発したとわかった。とてつもないスピードで背後に衝撃波が迫っている。衝撃波に合わせて、近くの木々がなぎ倒され、倒される木々に紛れて、ガーデンにいた兵たちも吹き飛ばされている。
葵はシールドの魔術を構築した。そこへ衝撃波が到来する。周囲の木々がなぎ倒されていくが、葵のシールドのおかげで、難なくを得る。
だが、それは第一波に過ぎない。
第一波はあくまで爆発による物理的な衝撃波、魔術ではない。
次の第二波こそ、神撃と呼ばれる魔術の真髄。バランタイン中から集めた気が、高エネルギーの塊となって広がる。
第一波よりも進行は遅いが、爆心地からは赤黒い球体が広がると、その後には、何も残らない。
全て、焼き払われ、消失し、全てが燃え、全てが溶ける。
石のように燃えないものまでが燃え、溶けて消失し、燃えた木々の灰ですら溶けて消失した。
竜真は斜面をかけ下りながらも、葵はシールドを何重にも構築する。
竜真と葵は、全体力を使い、全速力で駆け抜ける。だが、それでも第二波が背後へ襲い掛かる。
「くそっ!!」
赤黒い色をした第二波がついに、竜真と葵を巻き込む。
視界が赤黒く染まっていく中で、竜真はもがき、葵の手を引っ張り、全力で逃げる。
幸いにも、何重にも構築したシールドが効いた。赤黒い高エネルギーに完全に包まれるも、葵のシールドが竜真と葵を守る。
周囲の石や木々の灰は、見る見るうちに消失する。
だが、それも限界だ。
何重にも構築したシールドも、一つ、また一つと高エネルギーの波にやられて砕け散っていく。すべてのシールドが砕け散るのも時間の問題だ。
「畜生!」
竜真は、叫びながらも全力で、葵の手を取り、斜面を下る。
斜面を下りながらも、また、一つとシールドが砕け散る。
「竜真・・・もう一つ作戦があるわ・・・。」
突如、葵は竜真に抱きついた。
竜真には、訳が分からなかったが、それどころでない。葵に抱きつかれたまま、全速力で斜面を下る。
その間にも、葵のシールドはまた一つ砕け散る。
「絶対防御魔術、『絶守』・・・。」
魔術、『絶守』、絶対に守りたい物をあらゆる攻撃、魔術から確実に守るという究極の魔術。古代魔術の一つであり、禁術だ。
葵は、こっそりと、禁書庫に出入りしていた。そこで、身につけた魔術の一つ。
だが、注意しなければなければならない。この魔術が適用されるのは、あくまでも守りたい対象でしかない。自身は、対象には含まれない。
「あたしね、竜真と出会えて良かった。あたしさ、両親がいないから孤独って話したっけ?だから、竜真に出会えて、嬉しかった。」
葵は、竜真に話しかけるも、竜真には、この斜面を全力で下ることに集中している。
葵の構築したシールドも、また一つと砕け散り、残り一枚を残すのみ。
「竜真と旅できて楽しかった。これでも、あたし、結構竜真に感謝してるのよ。だから、あなたには生き延びて欲しい。」
竜真が全速力で斜面を下る中で、ついに、最後のシールドが砕け散る。
竜真と葵は、赤黒い高エネルギーの塊の中に、身を包み込まれていく。
葵は、竜真に抱きつき、体を密着させる。
赤黒い高エネルギーの塊によって、すべて燃え、溶かされ、消失していく中、竜真には、葵のほのかな温もりが感じ取った。腕、足、腹、胸、首、それらにほのかな温もりと、柔らかさを竜真は感じ取る。
それでも、なお、竜真は葵を守るように、しっかりと葵の手を握り、全力で逃げる。
だが、それも、時間の問題だ。
視界が遮られ、すべてが赤黒い世界に取り込まれた。
竜真は、葵の手を握り、全力で逃げるも、地面の感覚がなくなる。
まるで、宙を飛んでいるような浮揚感。何も見えない赤黒い世界。音も何も聞こえず、五感がなくなる。
それは無の境地。自分がどうなっているのかさえ分からない。
竜真は、感覚がないながらも葵の手を強く握りしめながら、ようやく目を閉じた。