83対、バレル戦
背後からはモルトが大きな声を上げている。
「おい、そのサルどもを生け捕りにせい!!」
バレルは竜真と葵の進路を立ちはだかった。
わずかな瞬間に、すぐに衛兵たちに追いつかれ、背後は衛兵たち、前方はバレル、という状況になる。
「よう。久しぶりだな。」
バレルは、手に持っていた大きな斧を構える。
「えぇ、久しぶりですね。以前はお世話になりました。そこを通してもらうことは出来ないでしょうか?」
「残念だが、グレンからの指示が出ている。裏切り者を捕まえろ、とな。」
「そうですか。残念です。」
なるほど、グレンが指示を出したということは、グレンは竜真と葵に気づいていたのだろう。
以前から気にはなっていた。おそらく、試験で出会ったときから怪しい雰囲気は感じていた。おそらく、あの時点で竜真と葵が、他国の諜報であると気づいたのだろう。
そして、俺たちを海戦に出して、泳がし、諜報であると確信が持てるまで様子を見た、というところか。
竜真は思索を巡らすが、バレルが大きな斧を振り回すので、それを躱し、戦闘へと頭と体を切り替える。
竜真はオハコの察知の能力でバレルの斧の斬撃を巧みに躱す。
だが、だまされてはいけない。これだけの筋肉だるまでありながら、バレルの本領は魔術師だ。
察知の能力も進化した。
竜真の察知は、次のバレルの斬撃が幻術であると知らせ、本物は背後と知らせる。
「葵!」
葵は竜真の声に応じて、頷く。
大京国で葵と出会ってから、ずっと葵と一緒にいる。葵との意志疎通も、完璧だ。
葵は炎撃を繰り出し、その業炎はバレルを襲う。それはバレルに効かぬことも承知だ。炎でバレルの視界を遮ることが目的なのだ。
そのスキに、竜真は背後から襲ってくる本物の斧を跳躍して躱す。
さらに、葵は魔術、残体思念で、竜真の思念を床に残す。そうすれば、一瞬だが、バレルからすれば今の斬撃で竜真を仕留めたような錯覚に陥るのだ。
バレルはしてやったり、という表情をするが、すぐに残体思念の正体に気づく。
だが、すでに時遅し。本物の竜真はその背後、空中をまさに跳んでおり、バレルが気づいて振り返るも、竜真がバレルの背後を一刀するのだ。
竜真もバランタインで生活し長くなる。魔術も身につけたが、大京国、大東一刀流の中伝の身。その一刀は真っ直ぐに伸び、バレルの背後に一直線の残像が見えるかの如く、見事な一刀を与える。
だが、バレルも武術訓練で竜真の相手をしている。バレルの背後を取ったはずだが、斧を身代わりにわずかに身をずらし、致命傷を避けた。
竜真が一刀してからの刹那の間に、見極め、行動をとった。見事だ。
「竜真、見事よ。だが、まだ甘々だな。」
バレルと竜真は武術訓練で手合わせをしていたが、いずれもバレルの勝利、竜真は一勝も出来てない。
バレルは、斧を高く振り上げる。一刀をおろした直後の竜真は、隙だらけのように見える。誰もがバレルが勝利したように見えただろう。
武術訓練では確かに竜真は一勝もしたことはない。だが、それはバレルと竜真の一対一での話。
今は、葵がいる。これまでの戦いにおいても、二人で連携したときには、それは、阿吽の呼吸となる。
バレルは振り上げた斧を振り降ろすために、一歩を踏み出そうとした。
だが、その一歩が踏み出せない。
「魔術、氷撃よ。」
気配を消していたので、バレルはそこに葵がいることに気けなかった。氷撃によってバレルの足と地面を凍らせていた。
「ふん、効かぬわ。」
バレルにとってその程度、少し力を出せば、なんの変わりのない。ちょっと一歩を出すのが遅れる程度。
だが、その遅れを竜真が見逃すはずがない。
竜真を刀に鞘に収め、腰に当てる。その構えは居合と呼ばれる構え、天音さんの技の見よう見まね。天音さんのように強烈な一撃を出せるとは思えない。だが、居合をとった意図は、高速な一撃を繰り出すこと。この刹那の遅れを無駄にしないため、超高速の居合を放つ。
「くっ。」
それはバレルに直撃した。だが、強烈なものではない。せいぜい、バランスを崩す程度。バレルは体勢を立て直すが、そこに地面からの突然の烈風、それによって大きくバランスを崩す。
「風撃。」
葵の魔術だ。強力な風でバレルのバランスを崩させた。
その懐へ竜真が入り、刀の柄をバレルの顎へと直撃させる。
「大東一刀流、柄の技」
柚多さんに何も剣撃だけが剣の道ではないと教えてもらった奥義だ。
顎に強烈な柄の一撃が受けたバレルは完全にバランスを崩し、受け身を取る刹那に、さらに竜真が追撃を与える。
「炎撃」
竜真の手から炎が飛び出し、バレルに直撃した。バランスを崩し、受け身を取ろうとして、何もできないバレルに、竜真が追いつき、ゼロ距離からの炎撃を繰り出した。
魔術が苦手な竜真が、バランタインでやっとの思いで身につけた魔術だ。葵ほどの威力はない。だが、距離ゼロからの直撃は強力だ。
バレルは、それでもなお、バランスを取り直し、仁王立ちのまま立ち尽くす。さすが見た目が筋肉だるまのバレルだ。
だが、それも限界のようであった。
ドスン!
バレルはその場に倒れた。
あまりのすごさに、その場にいた衛兵たち、ギャラリーとなったパーティ参加者たちが立ち尽くし、一瞬の間、会場内は静粛で満たされた。