81作戦成功
やがて、ある衛兵がモルトの近くまで来て何やら耳打ちをしていた。準備が出来たのだろうか。
歓談中は宮廷音楽談が高貴そうなクラシックの音楽を奏でるのだが、ほどなくして、音楽が止まる。
モルトが再び、国王、王妃の前に立ち、話を始めた。
「皆さま、お待たせしました。本日のメインディッシュの準備が出来たようです。」
パーティ会場の大きなガラス窓にかけられていたカーテンを一斉に衛兵たちが開く。
ガラス窓からは、立派な庭園が目下に見える。この宮殿がガーデンと呼ばれるに至った立派な庭園には、前回のデモンストレーションのように多数の魔術兵たちが集まっていた。
「今回お見せするのは、魔術の元となる気を集め、それを濃縮し、異国へと打ち放つ古代の魔術、その名も、『絶魔終滅魔術』、でございます。この魔術は、なによりも多数の気を必要とします。そこで、我が民から気を吸収するための魔術により、気を集めるのです。それらを中心に集め、凝縮します。そして、凝縮した気を打ち放ち、はるか遠方へ命中させ、例のサルの国を破壊するのです。それはまるで、神が与えし、一撃とも表現すべきものでしょうか、神撃とも言われております。」
モルトはテラス席から、大きな窓の前へ悠々と歩いて移動する。パーティの参加者たちも、モルトに注目を続ける。
「この魔術の核となるのは、多量の気を集めるということ、その対策として、今回は我が民から気をいただくことにしました。何も、致死量の気を吸収するわけではございませんので、ご安心を。ですが、気を民から気を集めるというのは至難の業なのです。そこで、二通りの方法を試したのです。一つは魔法陣というものです。」
ふと、気づくと、モルトの足元には魔法陣が転写された床が設置されていた。
「これをご覧ください。」
モルトはその魔法陣へ小さな炎撃を放つと、魔法陣に当たった炎は鏡のように直角に反射し、壁へ向けて放たれる。そして、よく見ると、その壁にも魔法陣が転写されており、そこに炎が当たると、魔法陣の上で炎が滞留した。
「これは、反射の魔術と、保持の魔術でございます。通常は人が放つ魔術ですが、このように特殊な印を施すことで、人が魔術を発しなくとも、自動で魔術を発することができるのです。これが魔法陣です。そして、この魔法陣を、この島内にあらゆることろに配置しました。気の吸収、放出、反射、保持の四種の魔法陣を施し、民から気を吸収し、中心部に気を集め、そして、それを異国に打ち出すという算段でございます。」
モルトは魔法陣の説明は、まさに竜真たちの考えていたことと見事に一致する。
竜真と葵は再度、顔を見合わせ、頷く。
これで、魔術は発動しない、という再確認だ。
一方、竜真は、このパーティ会場に来る前に、宿屋ブルーのご主人様に出会っている。
彼女が言う「悲劇」、それが頭の中をよぎり、不安があった。
「それでは、ご覧に入れましょう。『絶魔終滅魔術』でございます。ふっ、ふっ、ふっ、西国のサルどもよ、滅びるがよい!」
モルトが手をあげ、それをさっと降ろす。
それが合図になったのか、ガーデンにいる魔術兵たちが気を錬成し始める。兵士たちが淡い光に包まれたと思うと、その光を空へと放つ。
それは、淡い光から徐々に強い光となり、各兵士から島の至る所へと光が飛んで行った。おそらくは、民から気を吸収する魔法陣を起動するための魔術だろう。
ガーデンでは、光の残像となった線が無数に残り、その光の線は、バランタインの港町、居住区、農村へ伸びていき、その先には、半球状に淡く光るドームのようなものが無数に見られた。魔法陣の起動したのだ。
だが、魔法陣は竜真たちが手抜きをした。起動するはずがない・・・のだ。
しばらくすると、ガーデン内は静かになった。目の前に見えていた光の残像もなくなり、各地に見られた光のドーム形状も消失した。光るものはすべて消え、いつもの静かなガーデンとなる。
その様子にパーティ参加者たちが徐々にガヤガヤとし始める。
「何か、おきたのか?」
「もしかして、失敗?」
「これ、成功したの?」
そんな声が周囲から聞こえてくる。
竜真と葵からすれば、安心を得た瞬間であっただろう。なにせ、手抜きしたはいいのだが、本当に起動しないかは、不安だった。
竜真と葵は、再度向き合い、互いに頷いた。
だが、そこにモルトが話かける。
「皆さま、ご静粛にお願いします。どうやら失敗したようですが、これは想定の範囲なのです。むしろ、これは大変な好都合なことでございます。」
モルトのその言葉を聞いたときに、竜真は徐々に不安が広がる。
今朝の宿屋ブルーのご主人様の「悲劇」という言葉、モルトの「想定の範囲内」という言葉、それに、思い起こせば、魔法陣の設置などという重要任務がやたらに竜真たちばかりに任されていたことが、怪しかった。