73モルトの演説
「すでに噂で聞いたことであろう。『バランタインが敗戦した。』という噂だ。これはまったくもって正しくない。正しくは、条約に基づき、隣国に少しだけ助力しただけのこと。噂が先走っているようだが、敗戦を帰したのは、我々ではなく隣国だ!」
隣国??
噂では隣国はバランタインの傀儡になっている国と聞く。
なるほど、モルトは自国の敗戦ではなく、他国の敗戦のせいにしたいということか。
「だが、しかしだ。隣の国が敗戦したことを、我々は深く考えなければならない。今回、攻め込んだのは小さな島国。我々に比べれば、はるかに劣り、文化も未開のサルの住む国と思われていた。だから、奴らは侮った。その程度の国に、負けるはずがないと高をくくった。それが、見よ!この結果だ!たとえ、サルでも、その程度の軍を破るだけの力があった!」
モルトは民衆に力強く訴える。
だが、それはモルト自身が苛立ちを感じているようにも見えた。それに、モルトはやたらに「サル」と連呼する。よほど、先の海戦でのことが悔しいのだろう。
「サルたちが軍を破るだけであれば、そこで問題は終結しただろう。だが、今、問題はそこでは終結してない。猿どもは、軍を破ったことを契機として、このバランタインへの侵攻を企んでいる。」
は?竜真は大京国がバランタインの侵攻を企んでいると聞いて、しかめ面をする。
そんな話、まったく聞いていない。
ふと、葵の方を振り返るが、葵も顔を左右に振る。
「これが凶報だ。奴らの力を舐めてはいけない。仮にもあの軍と対戦し勝利している。我々崇高なバランタインが、サルどもに攻めないでくださいと頭を下げるか、否だ!攻めに来ると分かっている敵に、それをまじまじと待っているか。否だ!ならば、先制して低俗なサルどもを仕留めようではないか。先の海戦で疲労している今、その背後を、我がバランタインが狙おうではないか。」
広場は歓声で大きく盛り上がる。ここまで、民衆を惹きつけるモルトのカリスマ性はすごいとしか表現しようがない。
思った通りだろう。モルトはサルだとか下卑しているが、演説の狙いは大京国を撃つことだ。先日の海戦での敗北がよほど応えてると見える。
なんともあからさまな表現だ。大京国の人々をサルと表現し、バランタインは崇高な国と表現した。モルトの中で、自身と大京国をどのように見なしているのかがよくわかる。
しばらくすると、再び広場は静まり返った。
「さて、サルの国といっても、はるか海洋の先。船で行けば、先日の海戦の二の舞になりかねない。そこでだ。我々は考えた。我が、バランタインには防衛研究所が存在する。かねてからこのバランタインを平和に過ごすため技術を開発していたが、ついに、最新の成果である長距離魔導飛行破壊兵器が完成したのだ。それをこのバランタインに設置することで、我々は優雅に日々を暮らしながらも、海の向こうの憎きサルどもの国を破壊し、殲滅することができよう。我々は、再度、宣言する。憎きサルどもを我が国の技術の叡知を用いて、この世から殲滅しようではないか!」
民衆は、再度、盛り上がる。
モルトの演説の内容が過激になっていく。あからさまに、大京国への憎しみを露わにし、この世から殲滅するとまで宣言した。
それでも、民衆たちは賛同しているようだ。まともに演説の内容を理解している者は少なく、モルト、その人自身への賛同で、盛り上がっているようだ。
モルトのカリスマ性は恐ろしい。
一通りの演説が終わり、竜真と霞は、宿屋ブルーへと歩き出す。
「すごいな。モルトのカリスマ性とでもいうのか、民衆は、話の内容などまともに聞いてなかったな。まともな人間がいれば、内容がおかしいことに気づくだろうに。」
「それよりも、兵器ね。バランタインに研究所があるなんて聞いたことなかったわ。」
「いや、多分、魔術の研究部隊のことじゃないか。防衛研究所なんて初めて聞いたよ。おそらく、表面上は防衛と言いながら、魔術の研究部隊で古代の禁術でも復活させるんじゃないかな。」
「魔術ね!気になるわ。」
「おい、葵、魔術の話になると、すぐ食いつくな。まぁ、後で調べてみよう。」
そんな感じで二人は宿屋ブルーに向かうのだった。