67あの日の魔術剣
「ダメー!!!!」
もう、動けない竜真の前を、葵が庇った。
同時に魔術シールドも再構築した。だが、ダニエルのサーベルはそれを容易に破り、葵の体を突き刺し、そして、そのまま竜真の体をも貫通した。
竜真は意識が朦朧とする中、体に温かいものを感じ取った。
それは、直前で竜真を庇ってくれた葵の温もりか、それとも、自身から流れ出る血か。
「り、竜真・・・。」
葵もまた、意識が朦朧としながらも、竜真の手を握り、竜真が生きていることを確認する。
ふと、竜真の頭に流れるのは走馬灯だった。千砂ノ町で生まれ、地元の道場に通い、ある日、黒船が襲来した。そうだ、自分はそのとき、始めて魔術を見たんだ。
闇夜の船の甲板上に、天と剣とをつなぐ青白い炎が一直線上につながる。闇夜に映える青白い光。その青白い光を中心に吹き付ける強烈な風。美しかった。剣術、「蒼蓮腕」。そう、それが自分が魔術に惚れ込んだきっかけだった。
ふと、脳内をめぐる走馬灯から、意識が朦朧としながらも、現実の世界に戻る。
気づけば、竜真の手の中に葵の体があった。手も葵の手を握っていた。ほんのりの感じる温かさ。それは葵の温もりであり、自身から流れ出る血液でもある。
だが、それだけではなかった。
「気」、目には見えないが、魔術を放出するためのエネルギー、それもまた、ほんのりと温もりがあって流れるように体内を移動する。
葵は自分が大京国へ出たときに出会った魔術の師匠様だ。そして、葵は優秀な魔術師でもある。
その優秀な魔術師の体から、ゆっくりと気を流れて自分の体内へ流れるのが感じ取れた。
その気は全身を巡り、最後は腕を通り、手のひらへと再度集まっていく。
なんだろうか。意識が朦朧としながらも、今なら出来そうな気がしてならないのだ。
竜真の手に集まる気は、自身の気だけでなく、手をつないだ葵をも通じて集まる気。
竜真と葵の手を握りあった部分を中心に風を巻き起こる。手を包む光が徐々に大きくなったと思ったら、ある大きさになると、空に向けて伸び始める。そして、ボワッという音とともに、炎になった。
そう、これは、あれだ。あのとき見た光景をまさに自分が作っているのだ。
現われた炎は竜真の手を包むと、周囲の風も一段と強くる。炎の色も青白い炎へと変わる。
竜真は、瓦礫にもたれながらも、刀身に沿って炎をなめるように這わせると、青白い、やわらかな炎が刀を包んだのだ。
竜真はその刀を天へと向けた。
刀を包んでいた炎が一層勢い増し、高くなる。大人の背丈ほどに炎が伸び、釣り竿ぐらいの長さに伸び、そして、木の高さと同じぐらい伸び、まだ、伸びる。そして、青白い炎は竜真の持つ刀と、闇夜の天とを一直線に結んだ。
風もさらに強くなり、嵐のような風が吹き付ける。
まわりからの兵からも「おぉ」というようなざわめきが聞こえる。
赤と黒の見事なグラデーションの空を背景に、艦艇の甲板上に、天と船とをつなぐ青白い炎が一直線上につながる。赤黒い空に映える青白い光。その青白い光を中心に吹き付ける強烈な風。美しい。その光景はあまりにも美しい。
竜真は意識朦朧としながらも立ち上がり、言うのだ。
「確か、こうだったか。蒼き炎が蓮のように柔らかく包み込む剣術、『蒼蓮腕』。どうだ、すごいだろ。」
ダニエルはその光景を目撃した。
「あり得ん…。な、なぜ・・・」
いつしか見たことがあった。あれは数年前、地元の黒船の上での出来事。あの美しい魔術の剣を彷彿させる。
竜真はその剣を横一線に薙ぎると、青白い炎が薄い空気の層のように広がっていく。
その青白い炎の空気層が通り過ぎると、心地よい温かな風が過ぎ去る。まるで早春を連想させるような温かく甘い風。周りの兵たちは、その風から皆、「あれっ」と一瞬だけ気を緩めるのだ。
だが、それも一瞬だけだった。直後後、その温かく甘い風は、一気に暴風となった。冷たく激しく荒々しい暴風だ。その暴風は目の前にいる人ですら巻き込んでいく。
目の前のすべてを青白い業炎が全てを丸のみにしていた。それはすべて焼き尽くし、鉄製の艦艇ですら燃えていた。暴風に、大波に、業炎のすべてが周辺にいたものすべて包み込んだ。
それは竜真たちのいる南艦隊だけでない。北艦隊、中央艦隊とバランタインの全艦隊を巻き込み、広範囲に及んだ。
その様子は、大京国の沿岸の多数の街ですら、目撃された。
はるか、水平線上で青白い一直線の何かが目撃され、その後も、水平線上に青白い光が漏れたという。
波が落ち着き、炎が消炎したときには、そこにバランタインの大艦隊の影はすでになかった。
すべてが終わったことを悟ったのかはわからないが、その場に竜真は倒れた。葵も意識が朦朧ながらも駆け寄り、治癒魔術を施すが、葵も限界だったのか、その場に倒れた。
今まさに太陽が沈もうとしている海上には、バランタインの艦艇だけが一隻残っていた。