63南艦隊
こちらは竜真と葵のいる南艦隊だ。そこに、一人の兵士が声をあげる。
「大京国側より、船一隻、こちらへ着ます。しかも、木造の帆船です。バルブレア将軍、指示を!」
「木造の帆船だと!」
「し、しかし、帆の部分に旗印が、あれは間違いなく大京国の帆船です。」
よく見ると、帆船の船首に人の姿がみえる。肩よりも少し短い髪が風になびき、その色はやや灰色、一部に緋色の花のかんざしに、地味な小袖、見間違うはずがない。
天音だ。
天音は信じられない行動に出る。
すっと、船首から飛び降りた。
当然、海に落下するものと思ったが、海面のすれすれのところで、宙に浮いたかのように、チャポンと足の先だけを着けたかと思うと、なんとそのまま、海面上を走った。信じらないが、海の上を走った。
その走った後から軌跡に沿って、海水が白いしぶきを上げている。
「う、嘘だろ、」「はっ?」「ありえねぇ」
など、周囲から驚きの声が聞こえる。竜真、葵もまた、信じらないもの見たという様子で固まっていた。
天音はこちらの艦艇までに近づいたかと思うと、海面を蹴り上げ、甲板上に着地し、竜真と霞の前に立った。
甲板上には複数のバランタイン兵たちがいるが、皆、呆然としてその様子を見ていた。
「・・・。」
天音は基本的に無口で無表情、何を考えているかわからないが、思わず小声で聞いてしまった。
「い、今、海の上を走ってませんでした?」
「??、右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右足を出せば、沈みませんが?」
天音から、珍しく回答があったのはいいが、いつもの無表情のまま当り前のように言う。それが出来れば、みんな水面を走ってるさ。
「諜報員であることがバレます。全力でかかってきてください。」
仲間とバレないように演技せよ、ということか。
天音は刀を抜刀し、竜真へと真っすぐに向う。
竜真は察知により攻撃を躱すが、天音の動きが早すぎ、躱しきれない。袖部分が斬られる。
そのまま背後に回ろうとするが、動きが早すぎてついていけない。逆回りされて背後を取られ、そこを天音に斬られるところを、すかさず葵が魔銃で一発を放ち、何とか回避する。
天音も自分たちも大京国側の人間、演技程度の戦闘のつもりだったが、本気で竜真と葵を殺ろうとしてないか。
葵は魔術、雷撃を竜真の刀に放つ。葵の手から眩い光を放つ稲妻が放たれ、それを竜真が刀で受けると、刀の周囲で紫色の稲妻がバチバチと放電する。刀を帯電させる雷撃剣という技だ。
天音は床を蹴ったような動作をする。竜真はその動きを見逃さず、瞬時に察知を行い、雷撃剣で天音を仕留めようとする。が、それよりも早く目前に突然、天音が現れる。
察知するどうこう以前に体が追いつかない。そのまま天音は竜真を斬りかかるが、そこに突然の突風により天音の体が宙に浮いた。横にいた葵が間一髪、魔術で風撃を打ち込んでくれたのだ。
葵は、そのまま宙に浮いた天音へ、魔銃の連撃を放つが、そのすべての弾丸を空中上で躱す。
さらに、竜真が跳躍して、天音の背後を狙うが、天音の体は空中から消えていた。
「はっ!?」
天音はすでに甲板上に着地しており、竜真の着地点を予測され、竜真が着地すると、背後を取をとられた。
「・・・。」
天音は相変わらずの無口、そして、やはり異常なまでに強い。
天音は刀を納刀し、脇に構えていた。これは、居合術と呼ばれる武術の構え。高速な抜刀により強力な斬撃を相手に与える技だ。
「竜真、念のため、シールド張っておくわ。」
「おう、助かる。」
いつの間にシールドという魔術まで身につけたのか知らんが、竜真と葵の前に、薄い空気の層が出現した。
竜真は気を集中させ、察知能力を全開にして待つ。天音が床を蹴り、体がふわっと持ち上がったかと思うと、竜真の察知が全身に危険信号を知らせる。
だが、すでに時遅し、竜真と葵、それだけでなく、周囲で様子を見ていた兵士までもが巻き添えとなり宙を舞った。
「嘘だろ、味方じゃないのかよ。」
「うそでしょ。」
竜真と葵は宙を舞いながらも、小声を漏らし、そのままドシンっと、着地したときには、竜真も葵も気を失った。