62北艦隊 士族の意地
大京国側の隊長はここで声を張りあげた。
「全艦隊へ通達せよ!我らに異国の船や大砲など不要!船で乗り込もうが、海を泳ごうが、構わん。すべての強者どもは敵艦隊へ乗り込め!刀を手に取れ!敵を斬撃せよ!我々は侍だ!武士の意地を見せよ!」
力強く、野太い声は海上一面に響き渡った。
一瞬の間をおいて、周囲から「うおぉぉぉお!」という雄たけびとともに、兵士たちが一斉に刀を天へ突き上げる。
皆、心の中では思っていた。どんなに異国の力が凄くとも、我々は武士、武士として刀で勝つのだと、その思いが一気に解放された。
今まで押し付けられてきたものをここで解放した。
開戦直後にバランタインからの砲撃を受け、艦隊は航行不能、動ける艦艇も黒い煙をあげている状態。
その惨憺たる現状は、誰が見ても敗戦だったであろう。
だが、それでも艦艇は前へ進む。黒い煙をあげ、火を上げながら、浸水し艦艇が傾いた状態でだ。
バランタイン北艦隊もなおも砲撃を止めない。すべての砲撃が直撃する。だが、それでも艦隊は進む。
より一層、黒い煙を上げながら、火を出しながらだ。沈没する船もいた。
すると、どうか。兵たちがふんどし一丁になり、海へと飛び込み、口に刀を咥え、敵艦へと泳ぐ。
誰もが、大京国側の敗戦が明白だ。それでもなお、大京国の兵たちは進軍をやめない。
異様なのだ。
兵一人として逃げようとする者は皆無だ。
その様子を見ていたバランタイン兵がぼそっと独り言を漏らす。
「こいつら、狂ってるだろ。」
ついに兵士がバランタインの艦艇のところまでたどり着くと、大京国側の兵士たちは気が狂ったかのように、我先にと一斉にバランタインの艦艇へ乗り込む。抜刀しながら、目の前の敵を手当たり次第に斬った。
バランタイン側の兵もサーベルを抜刀し、応戦するが、大京国側の兵士は気迫に圧倒される。
さらに、沈没した船からも、海を泳ぎきり、バランタインの艦艇までたどり着いた兵たちが、乗り込んでくる。徐々に大京国側の兵の数が増えきた。
「うぉぉぉおお!」
バランタインの艦艇上では、大京国の兵士たちが雄たけびをあげていた。
その雄たけびを耳にしたバランタイン兵たちはすくみ上り、一歩を下がってしまう。
その様子を見ていた将軍はすぐ脇にいる兵士へ指示を出す。
「おい、やれ!」
「はっ。」
バランタイン兵のサーベルが淡く光る。ある兵士がサーベルを振り降ろすと、その振り降ろした軌跡に沿って風が巻き起こる。それは、ただの風ではない。鋭く鋭利な風、かまいたち、という表現が正しいか、兵がサーベルを振ると、その振った先にある物までが鋭く切り裂かれた。
魔術と剣術とを組み合わせた技、魔術剣だ。
戦場の状況は、想像の通り、辺り一帯が血で染まり、赤くなっている。
あまりにも一方的な惨状は表現するに堪えない。
だが、それはバランタインへ勝利をもたらしたものではなかった。
その惨状であっても、大京国の兵士たちは、戦い続けた。体を切り裂かれ、表記するにはとても耐えかねる惨状となっても、兵士たちは命が続く限り、戦い続けた。
なぜ、その体で動けるのか、そして、戦おうとするのか、
バランタインの兵士たちにはとても理解することできない。みな、ひるむことなくバランタイン兵へと向かっていった。まさに、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
大京国側の隊長がさらに活を入れる。
「侍どもよ!狂え!斬られても血のある限り戦え!異国にここに武士ありと知らしめよ!」
その活に反応するかのように、斬られ、血だらけになっているというのに、周りの兵士たちは呼応する。
「うぉおおおおおおおおおおおお!」
皆、血だらけの刀、腕を振り上げる。
それを見ていたバランタインの兵たちは恐怖を感じた。斬っても立ち上がる。
とても人が立ち上がれる状況ではない。それでもなお雄たけびをあげ、腕を振り上げる大京国の兵たち。
悍ましいほどの恐怖を感じ、再度、一歩下がった。
それが決定打だった。もはや北艦隊の兵士は大京国の兵士に恐怖し、士気は下がったまま。
みな、大京国の兵士に恐怖し、潰走したのだ。
大京国と北艦隊の勝敗は北艦隊の惨敗だった。