59海戦前
初任務のあとも、グレンからは定期的に任務が入った。多くはモルトや貴族の護衛任務だ。本当に護衛が必要なことは滅多になく、貴族ということもあって一緒に高級な食材を食べることができたりするので、おいしい任務だ。
魔術訓練、武術訓練も順調だ。
魔術訓練では葵と魔女が和気あいあいとしながら、かなりの魔術の応用を身につけたようだ。
竜真も、小さな炎を出す魔術ができるまでに至った。竜真の場合は、攻撃する魔術よりも、察知などの感知する系統の魔術の方が適しているとのこと。今は、察知をより強力にした索敵の魔術を目下訓練中だ。
それ以外は宿屋ブルーで過ごしている。何もせずに過ごすのも悪いので、特に何もない日はタリスカーの助っ人に入った。レストランでの厨房仕事に、部屋のルームメイキング、タリスカーに叩き込まれたとあって仕事は完璧だ。
たまに、ばば・・・ご主人様と顔を合わせることはあるが、「ふん」という感じで、会話はない。
そんな平和な日々が過ぎた折、巷ではある噂が広がっていた。
「戦争が起きるのでは。」と。
その噂の出どころになったのは、バランタインの港の先に浮かんでいる艦艇が原因だ。
大型の艦船がこのところ、バランタインの沖合で多数目撃されるようになった。
ある日、竜真と葵は、グレンに呼び出された。新たな任務だろう。いつもの薄暗いランプの灯る土臭い部屋に部屋に呼び出される。
「沖合にバランタイン国の艦隊が停泊している。今から一週間後、バランタインの艦隊に秘密裏に合流し、艦隊の指揮系統下に入ってもらう。すでに話は聞いていると思うが、西国への出征だ。武運を祈る。以上だ。」
グレンからの話は非常に淡白だ。
グレンは竜真と葵に手を差し伸べる。それに呼応するように竜真と葵はグレンと握手を交わした。これが戦場へ向かうという儀式なのだろう。
だが、そんなグレンには悪いが、竜真と葵は大京国側の諜報員だ。一応としては、隊の指揮下に入ることにしておきながら、実際の戦いでは手を抜くことを考えていた。
竜真と葵は一度宿屋ブルーに戻った。隊務につくまで猶予がある。タリスカーとご主人様に報告しておこうと思ったのだ。
宿屋ブルーに戻ると、タリスカーを連れて、ご主人様の書斎に足を運ぶ。ちょうどご主人様は書斎のいかにも主という雰囲気のある机に座っていた。
「実は、報告したいことがあるのです・・・。」
そこで、ご主人様にガーデンでの任務の内容を報告するが・・・意外にも反応はなかった。
すぐ横にいるタリスカーからは
「あら、そうですか。お気をつけてください。」
とまるでどこかに遠足にいくような感覚だった。
続けて、ご主人様からは、
「もう、その時期か、ふん、勝手にせい。」
と言われた。「その時期」の意味が理解仕切れない。バランタインでは恒例イベントなのか。
ご主人様は席から立ち上がり、少し歩いて窓際に移動し、窓の外を見ながら追加で話をする。
「今回の海戦、バランタインはおそらく負ける。魔術の力だけ見れば圧倒的な戦力差、それが奴らの慢心を招いとる。気をゆるみすぎだ。それより、モルトの奴、この海戦で負けて暴走するだろう。暴走して手を付けてはならぬ禁術に手を出すだろう。この海戦でどさくさに紛れて大京国へ逃げろ。いいな、この海戦を利用して大京国へ戻るんだ。竜真よ、この国には戻るなよ。」
ご主人様の話はよくわからないことが多い。なぜ戦いの結果がわかるのか、まるで予知がするかのように話をする。
話はそれで終わった。
宿屋ブルーには、雇われの従業員たちがいる。彼らからは「島のために頑張れよ」だとか「生きて戻ってい来いよ」などと、激励をもらった。少し感慨深くなる。
それでも出発当日は、タリスカーからは
「それでは、お気をつけてください。」
と、どこかに出かけるときのような挨拶だった。ご主人様に至っては姿すら見当たらなかった。