4脳裏に焼き付く魔術との出会い
おじさんは竜真を一通り連れ回すと、甲板に戻ってきた。
三日月はいつのまにか沈んでいて甲板のランプだけが竜真とおじさんを照らしていた。
「小僧、もっとすごいものを見せてやる。いいか、誰にもしゃべるんじゃないぞ。バランタインの国でも、秘密にしているぐらいすごいからな。」
もっとすごいものと聞けば、まだ十歳の竜真にはワクワクしかない。
おじさんは片腕を前に伸ばし、静止すること、数秒間・・・何も起きない。
「うん?」
竜真は、つい、口から変な言葉がでてしまう。
「しっ、集中力がいるんだ。静かにしていてくれ。」
おじさんは、そういうと、その姿勢のまま静止した。
・・・。・・・。・・・。
竜真は、静かにしてくれと言われたので、静かにするも、何も起きない。
一分経過するも、おじさんは相変わらず、片手を前に出す姿勢をつづけている。しばらくしたら、海兵さんたちも集まってきた。静かにしろって言われたが、海兵さんたちは、互いに小声でしゃべっていてざわざわしている。
「静かにしろ!」
おじさんが一喝し、叫ぶと、海兵さんたちのざわつきも収まった。
・・・。・・・。・・・。
静かにしろと言われたので、皆、黙っているが、そろそろ五分ぐらいたつ。
竜真も、だんだん飽きてきて、何がしたいんだ?と感じ始めるが、気のせいか、おじさんが前に伸ばした腕の手のひらあたりが明るくなっている?・・・ような・・・。
いや、間違いない!
おじさんの手がだんだん明るくなっているのだ。
闇夜の中でおじさんの手のひらを包み込むように、ほんのり、やわらかい光が包み込んでいる。
それは、だんだん明るさを増していき、おじさんの手を中心として風をも巻き起こす。
手のひらの光が徐々に大きくなったと思ったら、ある大きさになると、空に向けて伸び始める。そして、ボワッという音とともに、炎になった。赤い小さな炎が、おじさんの手を包み、周囲の風も一段と強くなる。
初めて見る光景に、竜真はその様子をただ見つめるしかない。
おじさんは、なおも、片腕を出したまま。
炎がさらに大きくなり、数尺ぐらいの高さになる。そして、色が赤色から青白い色へと変わってくる。
おじさんは、ここで口を開いたが、いつもの「すごいだろ。」ではない。
「いいか、すごいのはここからだ。」
おじさんは、腰に帯刀していた。他の海兵さんは皆サーベルだが、おじさんは刃文の美しい日本刀。
おじさんは片手でその日本刀を抜刀した。右手に炎、片手に日本刀だ。
右手の炎をゆっくりと刀に近づける。
そして、刀身に沿って炎をなめるように這わせると、刀が燃えた!燃えた、というより青白い、やわらかな炎が刀を包んだというのが正しいのだろうか。右手にあった炎が完全に刀に乗り移った。
まるで、それは、炎の剣のような、すごい技。もちろん、竜真が初めて見る光景である。
「どうだ、これが、『魔術』だ。」
おじさんは、魔術と言った。
魔術というのは、皆、話は聞いたことがある。術、とか、法術だとか、呪術、妖、魔法とか言われているもの。
だが、この国では、そういった舞う術や、妖、といったものは禁忌なのだ。
禁忌だからこそ、この国では、皆、話には聞くものの、おとぎ話のものとしか見られていない。
だが、竜真の目の前で、その現象が起きた。
何もないところから炎が出てきて、刀を包んでいるのだ。
おじさんは、さらに静止し、集中する。どんどんと、刀を包んでいた炎がさらに高く、大人の背丈ほどに炎が伸び、釣り竿ぐらいの長さに伸び、そして、木の高さと同じぐらい伸び、まだ、伸びる。
そして、ついに、刀を包む炎はおじさんが手に持つ刀と、闇夜の天とを一直線に結んだ。
その周囲では風が巻き起こり、徐々に強くなり、嵐のような風が吹き付ける。
まわりからの海兵からも「おぉ」というようなざわめきが聞こえる。
闇夜の船の甲板上に、天と船とをつなぐ青白い炎が一直線上につながる。闇夜に映える青白い光。その青白い光を中心に吹き付ける強烈な風。
美しい。
その光景はあまりにも美しく、竜真を魅了した。
そこで、おじさんはやっと言うのだ。
「どうだ、すごいだろ」
「…。すごい。」
少し間をあけて竜真は答えた。
その美しい光景に、しばらく目を離すことができなかった。竜真は顔を上げて、それを見上げる。
「これはわしが自身で編み出した魔術というか魔術の剣じゃ。バランタインの奴らも知らぬわい。炎の魔術自体は奴らは『ファイヤ』とか、『フレイム』とか呼んでおったが、この魔術というか技はワシが名付けてやった。蒼き炎が蓮のように柔らかく包み込む剣術、『蒼蓮腕』。 どうだ、すごいだろ。」
「すごい・・・すごいよ!」
今日、竜真は黒船に乗り込み、いろんなすごいものを見てきた。
だが、これが一番すごい!と、まだ、十歳ぐらいの竜真は思うのだ。それほどまでに、その闇夜の天とをつなぐ青白い炎は美しかった。
その青白い炎が強力に脳裏に焼き付き、あとのことはあまり竜真の記憶になかった。
竜真はどうやってその「魔術」というのを発動させるのか聞くが、「はっはっはっ」と笑って誤魔化された。
その後、竜真は船員さんが岸辺まで送ってもらったようだが、魔術のことが鮮明過ぎて、そのあとは覚えてなかった。竜真が気が付いたときは、すでに岸辺に立ち、沖合に停泊する黒船のランプを眺めていた。
竜真、十歳のときの出来事である。