57禁術のデモンストレーション
今は歓談の時間だ。貴族たちは自由に移動し、他の貴族たちを歓談を嗜んでいる。
ただ、竜真には今のモルトの話が衝撃過ぎて、少しボーっとしていた。
「ちょっと、竜真!」
すぐ隣にいた葵が小声で話しかけてきて竜真の脇を小突く。
「ほら、何やっているの。貴族を演じなさいよ。」
確かに葵の言うとおりだ。今は貴族を演じないといけない。
豪華な料理を手に取り、葵と楽しく談笑する。だが、おそらく顔は笑顔ではなかっただろう。
今のモルトの言葉を聞いて笑顔でいられる程、素直ではない。
竜真と葵の任務は護衛だ。モルトも護衛の対象だ。それとなくモルトに近づく。今、モルトの会話をしているのは貿易商会の会長のようだ。
「モルト殿、その節は、ぜひとも、我が貿易商会にお願いしたいものでございますな。」
「は、は、は、わかっているとも。そちらの商会からは、多額の資金援助してもらってからな。」
要は、こうやって媚びを売っているということだろう。
他にも周辺国の貴族たちや、何とか商会会長だとかが、こぞって媚びを売りに来ている。
そこへ、モルトはある人物と会話を始めた。服装からも貴族や商会の人間というよりは軍関係者か。
「これは将軍閣下、ご機嫌麗しゅうございます。」
「モルトよ、なにを言っておる。長年の仲であろう。それよりも、ついに禁術は成功したのか?」
「えぇ、そうなのです。禁術には莫大な『気』を使用します。それは遥かに一人が放出できる気の量を凌駕する。そこで、今回は、大人数で同時に気を放出することで、ついに禁術の再現に成功したのです。」
「なんと、で、どうなのだ、バランタインの武力として利用できるのか。」
「それを今回お見せしようと皆さまに集まっていただいたのですから。ただし、再現できたのはごく一部です。すべての禁術を解くには、まだまだ、時間が必要です。」
そこへ、ある兵士がモルトに近づき何かを耳打ちをする。
「将軍閣下、どうやら準備が出来たようです。今からお見せしましょう。」
モルトはそれまで談笑をしていた貴族たちを丁寧に人払いする。再度大階段のテラスに登り、国王の脇に立つ。
「皆さまお待たせしました。窓の外をご覧ください。」
広間には大きな窓ガラスが設けられている。今は大きなカーテンで閉められているが、モルトの合図で一斉にカーテンが開く。そこはガーデンの庭園。先日、兵士の採用試験が行われた場所でもある。
そこに今、綺麗に隊列をなした兵士が縦横無尽に並んでいた。
「今から、我がバランタインの魔術をお見せすべく、デモンストレーションをしましょう。」
モルトが兵士の向けて合図をすると、ある一隊が一斉に魔術ファイヤを放出する。
魔術「ファイヤ」、火を操る魔術だが、威力のある魔術ではない。だが、集団となって一斉に魔術が放出されると、その威力は絶大だ。それは空中で一つに炎として集まり、一つの城すらを飲み込まんとする巨大な火球を作る。
火球は渦を巻き、あまねく物を燃やさんとする業火となって空中に放出された。
次の一隊も一斉に魔術アイスを放出する。
魔術「アイス」、氷を創出する魔術であり、これも威力のある魔術ではない。だが、集団となって一斉に魔術が放出されると、氷壁となり、空中上のあらゆるものを凍てつかせる。
そして、左側から大火球が、右側からは氷壁ぶつかり合い、パーティ会場の中でも轟音と衝撃が伝わるのだ。
パーティの会場からはどよめきが聞こえる。
「いかがでしたか。今のが集団による魔術、個人の魔術は大した事なくとも、集団ならば、威力をあげることができるのです。さて、次に見ていただくのは、あまりに強力で、禁術として秘匿されていた魔術を、長年の研究の末、復活させた古代魔術でございます。」
兵士たち気を錬成し始めた。一人は大したことない。それが集団になることで、とてつもない気が集まるのがヒシヒシと感じ取れる。
突如、快晴であったガーデンの上空に、不自然に雲が集まり始める。雲は異常な速度で目に見えて成長し、積乱雲のように天頂までに達する。ついには、空全体を覆うと、ガーデンは急に薄暗くなる。
風も急激に強くなり、宮殿の窓ガラスがガタガタと大きく揺らす。
雲の中で時折、ゴロゴロと雷鳴が轟き始める。
「バランタインに伝わる秘伝の大魔術です。少々準備にお時間がかかりましたが、これこそがバランタインの真の実力です。バランタインの禁術『魔導砲』です。」
直後、鼓膜を破るような轟音とともにガーデンは光りに包まれた。窓ガラスが大きな音を立て、地面が揺れた。
まぶしく目を開けることができないが、細目を開き、その様子を見る。
ガーデンの上空には光りの塊があり、その塊が向かいの山へ飛んでいく。
一筋の光の軌跡を描きながら、向かいの山に直撃する。だが、光の塊は山を貫通した。
しばらくして、光が落ち着くと、山肌には綺麗にまん丸の形をした穴ができ、空いた穴からは水平線が見え、光の軌跡は穴から見える水平線の彼方へと消えていった。
竜真も葵も、口を開けたまま、固まった。
二人だけではない。その会場にいた誰もが、同じように固まり、パーティの会場は静粛になった。
魔術の放出が終わると、それまでの暗雲は何もなかったかのように晴れ、雲一つない快晴へ戻った。
「いかがでしょう。これこそがバランタインの魔術です。この力に誰が太刀打ちできましょうか。いや、だれも太刀打ちできるものなどおりません。この力をもってすれば西国侵攻なども達成したも同然でございます。」
みな、小さく「嘘だろ」「あり得ん」などと驚きの言葉を発していた。
誰かが、そのあと、パチパチと拍手をする。それに続き、次々に皆、パチパチを拍手をし始めて、パーティの会場は拍手喝采となる。
「皆さま、ありがとうございます。」
とモルトはテラスの上から頭を垂れて貴族のあいさつをした。