56モルトの演説再び
「皆さま、本日は遠路はるばるお越しいただき、我がバランタインの西国遠征の宣誓へのパーティに参加いただいたこと、ありがとうございます。」
竜真も葵も護衛の話だけ聞かされていた。このパーティの目的など一切聞かされてない。
モルトの『西国遠征』という言葉に一縷の不安を感じた。バランタインから西国といえば、海洋挟んで祖国、大京国がある。
モルトの長い演説が始まる。
「・・・さて、このモルト、民からの絶大的な支持もらっています。ですが、皆さまご存じの通り、わたくしは、王の直属の臣下、共和制とはいっても、今までの王政と何ら変わりません。どうぞ、ご安心ください。何も知らぬのはバカな下民どもです。頭の悪い下民どもの心を動かすのは、このわたくしめにお任せを。」
モルトは、そこでお辞儀すると、拍手が起きる。この演説のどこが面白いのか理解できないが、モルトが「何も知らぬのは下民どもです 」と話したあたりで、小さくクスクスという笑い声が聞こえた。
共和制とかいいつつ、モルトは王の犬、中身は従来の王政と何も変わらない。民を「バカな下民ども」と言っていることから、モルトたちが民をどう考えているのかが伺える。
なるほど、これがすべてのカラクリだ。
モルトは民にからの信用を受けているように見えるが、こいつは民のことなんてゴミ程度にしか見てない。
これこそ、タリスカーの言った禁忌だろう。
モルトの演説はまだ続いている。
「・・・。今や、極秘開発した魔術も多くの兵士が使えるようになったのです。今こそ、西国侵攻に向けて出立すべきとき。まずは手始めに、小国、大京国を制圧し、そこに侵攻の拠点を設けます。大京国は、未だ剣を奮って戦う程度の蛮族・・・。」
モルトの長い演説は未だ続く。
その中で、確かにモルトに言った。『西国侵攻』と。そして、『手始めに大京国』と。
しばらくして、モルトの演説は終わる。
皆、拍手する。自分たちも、真似て拍手はするが、そんな気持ちではない。
それよりも、モルトは、大京国のことを蛮族と言っていた。モルトが自分たちの祖国、大京国を虫けら程度にしか見てないのだ。
それと、もう一つ。禁忌であり、この国では存在すら知られるはずのない『魔術』。
モルトは、禁忌であるはずの魔術を「極秘開発し」と言ったのだ。
つまりは、モルトは『魔術』の存在を公然と知っており、兵器として極秘裏に開発をしていたのだ。
戦争だ・・・。
大京国とバランタインとの間で戦争が起きる。
それも、ただの戦争ではない。バランタインからの魔術による一方的な蹂躙だろう・・・。
事の重大さに気づく竜真と葵だったのだ。