47天音さん、再び
少し遅れて店に戻ると、タリスカーが不機嫌そうに待っていた。
「遅かったですね。何かありましたか?」
最近、タリスカーの心情を読めるようになった。
ご主人様の言いつけを忠実に守るロボットのような存在だが、今のタリスカーは表情の奥に、黒いものが見える。
うん、これは、確実に怒っている状況だ。
だが、何も考えてない葵が先走った。
「えぇ、問題なかったけど、モルトって人が演説していて、いやぁ、つい聞き入って・・・。」
「黙れ、このフンコロガシ以下の分際が!」
虫をゴキブリを見るかのような目で見られる。
ところが、そんなやり取りよりも気になることがあった。
目線をタリスカーよりも奥に移し、レストランの席を見ると、浮いている人がいた。
この国には似つかわしくない和装、長い茶髪をまとめた姿。目立つ緋色の花のかんざし。
その姿は後ろ姿であっても、見間違えるはずがない。
大京国 武帝 天音。
「あ、あ、天音・・・さん?」
思わず声に出る。天音は大京国にいたはずで、ここにいるはずがない。
気づいたタリスカーが天音に近づく。
「お客様、こちらの給仕と、お知り合いでしょうか?」
そこに突如、危険信号を察知する。
店の奥から飛来物が向かってくる気配を察知した。見ればそれは巨大な光の矢で、天音へと直撃するも、半身ずらして容易に躱すと、店の床に大きな穴が出来た。
光の矢の射出元を振り向くと、そこ入り口付近にこの宿のご主人様が立っていた。
「天音か。この無表情の人形が。何しに来た。」
ご主人様と天音は知り合いなのだろうか。初対面ではないようだ。
天音とご主人様が面と向かうもしばらく沈黙が続く。
「何しに来た?」
「・・・。竜真と葵を解放してあげてください。」
「あたしは、こいつ等を金貨五枚で買い取ったんだ。金貨五枚分の仕事をしてもらわねば、割に合わぬ。」
「どんなにあなたが庇っても、変わることはありません。」
「そんなのはわかっている。わかっているが、もしかしたら、万一があるかもしれぬだろ!」
「万一を考えるなら二人を解放してください。今のままなら確実に変わりません。」
「そんなことはとっくの昔にやった。だが、結局、何も変わらない・・・。もう、手段は尽きたさ。」
ご主人様は会話に詰まった。
竜真と葵はといえば、何を話しているのか理解が追いつかない。
「ならば、諦めるのです。」
天音は追い打ちをかけるようにご主人様に話す。
ご主人様は竜真に近づき、竜真の正面の前で立ち止まった。そして、竜真の目を真っすぐに見て、
パーンッ!!
「えっ?」
突然、竜真の頬を平手で殴った。
竜真は殴られた意味が全く理解できなかった。完全なとばっちりだ。癪に触ることでもしたか。
ご主人様は、再度、竜真の真正面に立つ。
竜真は思わず身構えたが、ちょっと様子が違った。
ご主人様は、竜真の肩を掴み、その場に落ち込むように膝をついた。
「あんたは・・・あんたは、どうして・・・どうして、いつも、あたしの言うことを聞いてくれないの・・・。」
「?」
竜真には、ご主人様が言ってることが全く理解できない。
いつもとは言っているが、一応、言うことは聞いたつもりだ。
ご主人様の頬に一筋の涙が流れた。竜真もそうだが、隣にいる葵も、状況が飲み込めない。
ご主人様は、頬に流れた涙を手でふき取った。
「タリスカーが禁忌について説明しただろ。最初の三つの禁忌について調べてみろ。調べればこの国のことをぐらいは少しはわかる。それぐらいの時間はくれてやる。だがな・・・」
ご主人様は身体の向きを変えて、竜真を背後にし、大きくため息をついた。
「その昔、みな、禁忌のことを調べた。みんなだ。みんな最後には大魔術に巻き込まれて不幸になった。馬鹿な人生じゃよ。いっそのことみんな死んでしまえばいい。あんたらも同じ結末を辿るじゃろ。よいか、決して禁術には手を出すな、そして、大京国に帰れ。それだけだ。」
ご主人様はタリスカーの方を向く。
「タリスカーよ、この二人に付いて、サポートしてやりなさい。」
「はい、ご主人様。ご主人様がそうおっしゃるのであれば。」
「竜真よ。タリスカーを連れていけ。タリスカーは国の北側の出身だ。あとは、自由にするがよい。」
ご主人様は店の奥へと戻ろうとしたが、こちらを振り返った。
「天音よ、もう、あたしには関わらんでくれ。」
そう一言だけ残し、店の奥へと行ってしまった。
竜真と葵は互いに顔を見合わせる。全く状況が飲み込めない。
葵がタリスカーに問いかける。
「あの~・・・ご主人様と天音さんはお知り合いで?ご主人様は、一体、何者・・・。」
「おい、黙れ、ゴミムシ!お前らのことは任されたが、それは禁忌。真意を知ることを許されぬ。」
そこで、葵に向けてタリスカーの回し蹴りが入るが、竜真が止めた。
「タリスカーさん、その、スカートなので・・・。」
タリスカーは顔を赤らめ、足を元に戻すのだ。
「あれ?」
天音はといえば、奥の席で無表情のままお茶をすすっていたはずだが、既に姿なかった。