46モルトの演説
宿屋『ブルー』の店員となって早一か月。
新しい生活にも慣れた。
毎日、毎日、朝早く起きて、同じ日課をこなし、わずかな自由時間を過ごして就寝する。
そんな忙しい毎日でも、バランタインの人々の笑顔や花や音楽が、日々の生活に和みをくれる。
毎日、日課をこなすうち、竜真も葵も立派な店員となっていた。
特にレストランでの技量は目覚ましく、デザートの注文があれば、背丈はあろうかという立派なウェディングケーキが作れるまでに、それはそれは見事なまでに昇華された。
だが、竜真は気づき始める。なぜ自分たちはここ、バランタインにいるか。
ある日の出来事だ。
一日の労働を終え、竜真は葵の部屋を訪れた。ノックはしたが反応がない。
そっと部屋を覗くと、葵は目を閉じて集中しているようだ。全身から金のオーラのがうっすらと見える。
魔術の元、『気』と呼ばれるもの。
どうやら、葵は魔術を練習しているのだろう。
葵がこちらに気づき、まるでゴミを見るかのような目でじっと見られた。
「ちょっと、何よ、レディの部屋の勝手に入ってくるなんて失礼にもほどがあるわ。」
こっちはノックしたが反応がなかったのだ、というと、葵は怒るだろうから、触れないでおく。
「なぁ、今後のことを話さないか。」
「今後??」
葵は完全にここに来た理由を忘れているようだ。はぁ~とため息をつきながら、竜真は頭を抱える。
何のために自分たちは大京国を発ったのか。
この店で働くためではない。
諜報員としてバランタインの要となっている魔術を習得し、持ち帰るため。
「そうね、でもさ、あのばあさん、おかしくない?あたしらの素性を知っているようだし、この国の人は魔術を知らないはずなのに、魔導書だって持っている。」
「そうなんだよなー。」
「あたしは、バランタインよりも、あのばあさんのこと調べてみたいかしらね。」
「そうだなぁ、禁忌とかいうのも少しに気になるしな。」
そんなやり取りがあり、少し探ることにした。
他の給仕や、お客さんとの世間話でさりげなく『ご主人様』のことを聞いたりしてみた。禁忌のこと、魔術のことなどを、それとなく聞いてみたが、全く情報が入っていこない。
わかったことといえば、モルトという奴がバランタイン代表として取り仕切っているという話だ。
そんなある日、変化が訪れる。それは葵と買い出しに行ったときのこと。
なぜか町の広場には多数の人が集まっていた。
何事かと足を止めていると、広場にとまった豪華な馬車から一人の男が降りてきた。
金髪で、鼻が高く、青い目に、高級な金ピカの装飾をあしらった服。まさに上級貴族だ。
周りの人々は歓声をあげ、「モルト様ー」「モルトー」と声を上げている。
モルトと呼ばれる男は、用意された演説台に立ち、再度手を振る。群衆の歓声がさらに一層盛り上がりを見せた。
なるほど、あの男がモルトと呼ばれる男だ。
「バランタインの民よ。よくぞ集まってくれた。代表のモルトである。」
再度、群衆たちが歓声を上げる。モルトはこの国の民に慕われてるのだろう。
長年代表を務めてきただけはある。群衆の歓声が落ち着くのを待ち、モルトは演説を始めた。
「みな、いま、この島国バランタインが未曽有の窮地にあることはご存じだろう。・・・。・・・。
・・・。大京国は海洋の小国、交易を結んだと言いつつ、バランタインは侵略を行い、
・・・。大京国のような小国を侵略によって我が配下に置き・・・。・・・。」
長い!
簡単に言えば、外国が狙っているから対応措置が必要だと主張したものだ。
ただ・・・
「なぁ、葵、モルトって人、さらっと、凄いこと言ってなかったか?」
「気のせいかしら、バランタインが大京国への侵略するとか聞こえたわね。」
「やっぱり?」
「どうするのよ?」
「どうするって・・・。」
竜真と葵は顔を見合わせるが、今の竜真と葵、大京国の連絡手段がない今、二人にできることは何もない。