45宿屋ブルーの店員になる
うっすらと東の空が白み始める時間、町に人気はなく、数匹の野良猫が街中の道をうろついている。
宿屋『ブルー』の朝は早い。この時間には、給仕たちは朝食の準備へと取りかかる。
「ねぇ、見て、雷を起こす魔術よ!」
そういって、指先に小さな稲妻を作っているのは葵だ。
「この魔術書、言葉を翻訳する以外に、いろんな魔術が書かれてるの。この魔術も極めると雷を起こせるみたい!」
葵が騒ぐ一方で、その隣でミイラになった男は竜真だ。一晩で全身が瘦せ細り、目には活力がない。
「葵さんは、マスターできたようですね。では今日から仕事です。まずは、朝食の下ごしらえです。」
「あ、あ、あの・・・一睡もできてないのですが・・・。」
そう口を開くのはミイラだ。
タリスカーの目線がまるでゴミを見るかのような目に変わる。
「黙れ、ゴミが、誰のせいで、一晩寝れてないと思っている。」
そう、タリスカーも竜真と付きっ切りだったので、寝れてない。美しい紅い目のまわりに、残念な隈がある。
立ったまま寝た状態のミイラに、タリスカーは手を太ももにあて、ゆっくりと上半身に向けて、手を動かす。
そう、情熱的であり、官能的に。
それに反応するように、ミイラが突然、電源が入ったかのように直立し、生き返ったのように目を見開く。
「とんでもございません!喜んでお仕事させていただきます!」
「よろしい。では、調理場に入り、任された仕事をこなしてください。」
すでに調理場では、店の給仕人が調理を進めていた。そこにまじって野菜を切るなど下ごしらえを手伝い、盛り付けなどする。
「どうやら、順調にやっとるようじゃの。」
そこに現れたのは、この店の主人のおばあちゃん。このばあちゃんには聞きたいことがあるのだ。
竜真は声をかけてみる。
「なぁ、ばあさん、」
その言葉を発した瞬間、まわりの給仕たちがキリっと同時に視線を竜真に向ける。
同時に竜真の察知の能力が警告を出す。正面からタリスカーが回し蹴りをくらわしてきたのだ。それを察知の能力でしゃがんで躱すが、その矢先におばあちゃんが蹴りを加えてきた。
なぜか察知の能力でも拾うことができない。まともに蹴りを受けて、吹っ飛ばされる。
とてもおばあちゃんと思えない。
「竜真、タリスカーから禁忌の説明はなかったのかい?」
禁忌、そう、四つ目の禁忌だ。「店長のことは必ずご主人様と呼ぶのです。間違えてもおばあちゃんなど言ってはいけません。」である。
「竜真よ、次はないと思うことじゃ。」
タリスカーが前に出る。
「ご主人様、申し訳ございません。私の躾が至らないばかりに。」
「タリスカーよ、躾というのは体で叩き込ませるのじゃ。」
「はっ、かしこまりました。」
店の主人のおばあちゃんは去っていった。
竜真は禁忌の重要性を再認識するのだったが、その一方で違和感を感じるのだ。先ほどの、おばあ・・・、もとい、お主人さまの回し蹴りは察知能力では引っかからなかった。ただの偶然か。
その後も、店での労働は続いた。
解放されるのは夜遅く。休む暇もないが、タリスカーに無理やり覚えされれたバランタインの言葉は役にたった。
買い出しにタリスカーと出かけた際も、ちゃんとバランタインの言葉で買い物ができた。
紆余曲折あったが、竜真と葵は、この宿屋『ブルー』に買われ、店員として半ば強敵に労働を強いられているが、居心地はいい。
さて、こんな日課が一週間ほど続き、徐々に慣れはじめ、竜真と葵の二人は、宿屋『ブルー』の立派な店員となっていた。
さて、明日も頑張って働くのだ。




