37バランタイン潜入作戦
ここは古京城の一室である。
薄暗い部屋にランプが灯され、部屋中が橙色に照らされている。板の間の上に絨毯が敷かれ、その上にテーブルや椅子が置かれた部屋は古京城では珍しく、洋風の部屋だ。バランタインからの文化を取り入れた物だろうか。
そこに、竜真と葵が呼び出されていた。バランタイン潜入の計画の詳細を練るためだ。
「ちょっと、あたし、まだ、バランタインに行くなんて一言も言ってないんですけど。」
葵がわめいていた。竜真の中では、葵と一緒にバランタインへ行くことは決定済みになっていた。
確かに葵は「ついて行く」とは言った気がしたが、「行く」とは返答していない。言葉の綾ではないか。
竜真と葵の前に座すのは、宰相 トメの部下であり、天音とは別の武帝を名乗る者だ。
そんな葵をさておき、その武帝からは一方的に説明を受ける。
大京国はバランタインとは交易が始まったと言えども、バランタインへ渡航するには許可が必要という。
今まで許可が下りた例は一つもなく、実質、バランタインへの渡航は禁止されているとの話だ。
一方、バランタインとの交易の多くはバランタインの港町、縦浜にて行われ、輸入品や、輸出品などの多くは人が数人が入れるぐらいの大きさの木箱に梱包されて交易されるのだそうだ。
そこで、バランタインへの潜入作戦はこうだ。
縦浜にて、バランタイン向けの交易品と称して、木箱を用意する。そこに竜真と葵が入りこみ、約一週間の船旅をして、バランタインへの密航するというものだ。
「なるほど!」
と、葵は隣で頷いているが、何というか、非常に安直な作戦というか、杜撰な気もする。
本当に問題ないだろうか。竜真には、これで大京国からバランタインまでの一週間もの船旅をこなせる自信がまったくしない。
「すでに、木箱などは縦浜の大工に任せて作らせている。決行は本日より一週間後。縦浜にて集合。よいな。」
結局、作戦の詳細を練るとは聞いていたが、作戦を一方的に聞くだけで終わってしまった。
一末の不安どころか不安しかないのだが、決行は次週ということになった。
次週には、ここ大京国を離れ大洋を渡るという、今まで大京国の人間が誰もしたことがない未知の世界へ旅立つことになるが、いまいち実感が湧かないものである。
ところで、竜真には一つ確認しておきたいことがあった。
古京城から道場へ戻る夜道をカンテラで照らしながらも、隣を歩く葵に聞いてみた。
ひと昔であれば、提灯で道を照らしたものだが、これも、バランタインの文化流入の影響だろう。
「葵、結局、バランタインへは行くのか?」
「はぁぁぁ?、弟子よ、師匠には様をつけよ。」
竜真はこう思ったであろう。めんどくさい。
葵は、竜真についていくといいながらも、バランタインへ行かないなど言っていたので、結局どっちなのか、確認しようと思っただけだ。
確かに、最初は師匠として敬っていたので、葵様と呼んでいたが、そのうち慣れて、葵さんと呼ぶようになり、そのうち、呼び捨てにしていた。
改めて、竜真は葵に問う。
「葵様、バランタインへは行かれるのでしょうか?」
「竜真よ、あたしにバランタインへ行くかどうかを問うのは筋違いではなか。お主、あたしにバランタインへ来てほしいのではないか?」
竜真はかなりのめんどくささを感じながらも、嘆願する。
「葵様、どうか、バランタインまで同行いただけないでしょうか。」
「良かろう、竜真よ。バランタインへ同行してやろう。」
昔のように上から目線の葵に戻っていた。
「行くつもりなんてなかったんだけど。昨日も言った通りよ。あんたがバランタインに行くという時点で、あたしもついて行こうと思っていたのよ。ただ、武帝とかいう奴の言いなりになるのがちょっく癪に障るだけ。」
そういって、葵は眉間にしわを寄せる。
「どうせ、あたしを待つ人なんて誰もいないし。いまいち国を出るという実感が湧かないのだけどね・・・。まぁ、あたしが師匠としてバランタインでも魔術を教えてあげるから、安心しな。竜真の意思は十分わかったよ。強くなって、故郷に帰って、見返してやるんだな。」
そういって、葵は竜真の背中を思いっきりドン!と叩き、地面に転げる竜真であった。