33宰相トメとの密談
背中の曲がった老婆が杖を突きながら、ゆっくりと入ってきた。腰が悪いのか、腰に手を当てながら、ゆっくりと時間をかけて天音と葵の間の真ん中の席に腰を下ろす。
「主ら。すまんな。我が武帝ともあろう者が迷惑をかけたようだ。儂は、大京国の宰相、丹波トメじゃ。」
「で、何のために、あんなことしたのよ。」
葵は間一髪を入れずトメに言葉を返す。宰相とあらば雲の上の人、それを一切気にする様子はない。
「主ら、バランタインを知っておるか?」
「もちろん、知ってるわよ。」
「奴らが、ここ、大京国を侵略しようとしていることもか。」
「は?どいうことよ。」
黒船騒ぎがあったので、バランタインを知らぬ者はいない。その後、大京国がバランタインと交易を開いたことも、多くの住人にとっては周知の事実だ。だが、その交易の裏の話を知る者は、誰もいない。
「奴らはな、表面上は交易を結んだことになっているがの、奴らを何をしてきたと思う?奴らは見せたのは魔術じゃ。奴ら魔術を見せつけるように実演したのじゃ。一撃で山塊を吹き飛ばす爆発、大地に大穴をあける爆炎、すべてを焼き尽くす業火、我々はバランタインと交易を認めたわけではない。認めざるを得なかったのじゃ。そして、今もなお、我々を脅してくる。奴らは何を狙っていると思う?奴らの狙いは大京国との交易なんかではない。奴らは西国への権益を搾取するため、この大京国に西国攻略の拠点を作るつもりじゃ。そのために、ここ大京国を支配、また、傀儡とすることを狙っておるのじゃ。虫唾が走るわい。」
ここで、トメは出されていたお茶に手を付ける。
「良いか、よく聞け。もう、刀の時代は終わりじゃ。刀だけであのバランタインには勝てぬ。ならば、強さとはなんじゃ。剣術か。いや違う。あのバランタインに対抗できる力じゃ。」
トメは、熱く語るが、ここで間を置き、落ち着きを取り戻す。
「そんなときにな、大京国に魔術を操る者がいると聞いてな、情報を仕入れるように才蔵に命令したのじゃ。じゃが、お主らは、魔術が使えるようじゃが、弱いのじゃ。」
トメに弱いと断言されると少しイラっと来る葵と竜真。だが、本人たちもそれは納得している。葵はより強い魔術を望んだが、それはバランタインから提供されることはなかった。
竜真は魔術で相手の動きを察知できるようになったとはいえ、魔術は未だ身につけることは出来ず、武術に至っては、天音さんにはもちろん、目録の柚多さんにすら勝つことができない。
そして、次にトメはまさかの言葉を発する。
「じゃからの、お主ら、葵と竜真といったか、バランタインへ潜入するのじゃ。」
一瞬、周りの空気の流れが止まり、竜真と葵は一瞬急激に気温が下がったかのような感触をうける。
「バランタインに潜入し、バランタインの持つ魔術をはじめとする軍事情報をこちらに流すのじゃ。」
少し、間が空いた。
「ちょ、ちょ、ちょっと?、、、」
「まぁ、諜報員じゃな。刀ではバランタインには勝てない。バランタインも魔術の手の内を見せない。ならば、バランタインへ侵入し、魔術を身につけるが良かろう。お主は、より強い魔術を身につけられ、大京国側も魔術という新しい武器が手に入る。お互いに有益じゃないか。どうじゃ、良いだろ。天才魔術師、葵よ。」
「て、天才?」
「わずか、一週間であの魔銃という魔術を身につけたのじゃろ?常人であれば数年はかかるそうじゃ。」
竜真もそれは初耳だ。
「で、でも、、、」
なお、葵は抵抗する。竜真はというと、あまりにスケールが大きすぎて、考えが追い付かない。
「さて、天音よ、ここに魔術を使える者がおるが、何か罪に抵触することはないじゃろうか。」
「異教信仰の罪。」
「ほう、はて、異教信仰の罪とは、どの程度の罪なるのじゃ。天音。」
「死罪。」
「ということじゃ、お主らに選択の余地はないのじゃ。悪いが、我が大京国の繁栄のため、一役立ってもらうぞ。」
「ちょ、ちょっと待って。」
「密航なら、こちらで手配しよう。多少時間がかかるから、今のうちに準備をしておくのじゃ。」
そいうと、トメは席をゆっくりと立ち上がり、席を外した。
竜真と霞は、密航という言葉にスケールが大きすぎて、どうでも良くなっていた。
呆然とする二人。
「あの、葵さん、ちょっと、いろいろと聞きたいことがあるんですが。」
「な、何よ?」
「あの魔銃をたったの一週間って。。。」
「え、ち、違うわよ。一週間のわけないじゃない。まぁ、一ヶ月ぐらいというか、、、その、ほら、あれよ。」
明らかに動揺する葵。竜真はそれを見て、一週間で身につけたのは真実だったと悟る。
「えっと、それと、自分が倒れた後、何があったんですか?」
「そうね、、、」
葵は、竜真にことの顛末を話した。
竜真が倒れた後、葵が思い付きで魔術でかけて治療をしたこと。
才蔵とかいうやつが葵を狙ってきたところで、天音さんが現れ、助けてくれたこと。
「えっ、天音さんが?」
竜真は天音さんのほうを見るが、いつもの無表情のままだった。
「天音さん、なぜ、あそこにいたのですか?」
少し間を置いたが、めずらしく、天音さんが口を開いた。
「あたしも、武帝です。」
「・・・えっ・・・・・・、えぇぇぇぇ!」
その答えは竜真には驚きであったが、同時にあの強さを説明するには納得する回答でもあった。