30竜真の死
その一連の流れは、まるでスローモーションのように葵の目に映りこんだ。
竜真は倒されたまま動かない。何が起きたのか、把握できない。
その胸の部分からは敵の刀が貫いている。
「えっ。」
体を貫いた刀は赤く塗られており、しばらくして、徐々に赤い液体が滴り始める。
「竜真?」
ドクン!
葵の心臓がドクンドクンと鼓動を打った。
「ふん、なかなかしぶとい。こやつ予知能力でもあるのか。予知能力があっても行動が遅ければ意味ないわ。」
敵の頭は、竜真の体から刀を引き抜く。
「グハッ。」
竜真は口からも大量の吐血をし、その場に再度倒れた。
「竜真?・・・えっ、竜真?」
葵はまだ、それを受け入れることができない。
心臓が信じられないぐらいに、ドクン、ドクンと波打つように強く鼓動する。
信じられない。ありえない。嘘でしょ。こんなことが起きていいのか。だって、今まで魔術の訓練を一緒にしたのだ。一緒に脱獄し、逃げ切った。弟子となり、いつもこの場所で一緒に訓練した。一緒に飯を食べた。それが、突然の光景に・・・。
ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。
「えっ、竜真?嘘だよね?」
葵は竜真の体にふれ、ゆするが、動かない。ただただ、血だけが体から漏れ出ている。
漏れ出る血だけでも何とかしようと、竜真の胸に空いた穴に手を押し当てる。吹き出る血を押さえるが、それでも血は止まらない。押し当てた手の隙間から生温かい赤い液体が次々に漏れ出す。
嘘だ。
嘘だ。嘘だ。
嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。
葵は泣きそうになりながら、必死に手で吹き出る血を押さえる。
両親がなくなって、寂しかった。そのなときに、出会った大切な人だ。魔術という共通の話題で通じあることのできた人。
そんな、大切な人が・・・今・・・死・・・ん・・・。
「うっ、」
そこで、竜真がかすかに、反応した。
葵はそこで、我に返った。
死んでない。死んでないなら、何か治療ができるかもしれない。葵は、今何をすべてきか考える。
竜真の口から血が吹き出ており、胸からも血が吹きている。そこから、さらに、何をすべきか、考える。
魔術には、回復魔術があるらしいが、そんな高度な魔術は魔導書に書かれていない。
他にないかと頭の中を懸命に探すが、ふと思い当たる魔術があった。再生の魔術リジェネ。
形あるものを元の姿に戻すという魔術。元々は壊れた物を直すという便利魔術。
人に対して効力があるかわからない。だが、とにかく無我夢中で試す。
葵の手がほんのり明るくなり、竜真の体を照らす。
すると、胸に空いたが穴が徐々に塞がり始めた気がする。効果はわからない。でも、葵は夢中で魔術を続ける。
竜真を何とかしたいという思いで、全身の気を集中させ、魔術を発動させている手に集中させる。
葵の手がより明るさを増し、徐々に流れ出る血が少なくなる。
一方、目の前の敵だ。葵の賢明な治療には目もくれず、そのまま葵を仕留めようとした。
「さて、次は貴様だな」
敵の頭は、刀を振り上げ、葵を斬ろうする。だが、葵はそんなことなどどうでもよかった。
竜真を何とかしたい。その思いだけだった。
「竜真・・・お願い、竜真、息を吹き返して。」
葵の必死の想い。あたしを斬りたければ、勝手に斬ればいい。それより、竜真を。
今まさに、敵に刀を振り上げられ、斬られようとしている状況であっても、葵は手を竜真から離さず、魔術をかけ続ける。
そして、刀は振り下ろされた。