25葵と鉢合わせる
こんなときは、外出は控えるべきだが、慎重に警戒しながら、当初の目的の買い出しに戻ろうとした。
広場の角を曲がると、ふと、向こうから歩いてくる人物、よく見ると、見知った人物だった。
「あら、竜真じゃない。」
「あ、葵・・・。」
葵だった。お互いにキョトンとした顔で、互いを見る。葵は何をしているのか、手には風呂敷を持ち、もう片方の手でミカンを食べ歩いている。
ここの辺りで何か仕入して、これから田舎のほうへ売りいくのか。
それよりも・・・ミカン・・・やはり、葵はミカンが好物なのか。
「こんなところで、何しているのよ。」
「ちょっと買い出しに・・・。葵こそ」
「あたしは、仕入れよ。」
ふと、葵の目線が隣にいるスラっと背の高いお姉さんに行っていることに気が付く。葵と天音さんは初対面なのだ。
「あぁ、こちらは天音さん。大東一刀流の皆伝。いろいろお世話になっている人。」
そんな風に説明すると、天音さんはいつものように丁寧にお辞儀をした。
が、竜真は気づいた。天音さんはいつも着物姿だが、念のため、いつも帯のところに小刀を仕込んでいる。
天音さんがお辞儀をしたとき、帯の部分に手をかけていた。いつでも、攻撃に転じることができるようにだ。
疑っている。
確かに、尾行騒ぎで直後に、知人に会うなど、偶然過ぎるが、相手は葵だ。そんなの葵にできるわけがない。
葵なら尾行などせず、堂々と正面を切るだろう。
慌てて竜真が、葵を天音さんに紹介する。
「えっと、こちらは、葵さんという方で・・・」
だが、言葉が詰まった。「葵は魔術の師匠で、いろいろと魔術のことを教えてもらってます」、と言おうものなら、異教徒の罪で死罪だ。
魔術は禁忌。バレれば異教徒として、牢屋敷へ逆戻り。
「えっと・・・こちらに来るときに道に迷ってしまって、そのときに助けてもらったんです・・・はっはっ。」
竜真は、笑って誤魔化すが、ここで葵が元気に発言する。
「竜真はね、あたしの弟子なのよ!」
竜真は全身が凍り付いた。葵が何を言い出すかわからない。竜真はとっさに葵の口を手で塞ぐ。
「うぅーーーー!ぅーーーー!」
「いえ、天音さん、葵は、その後も仲良しでして、弟のようにかわいがってもらってます。それで弟子とか、言ったのだと思います。はっはっ。」
天音さんは無表情のまま、手を帯に当てていたが、その様子を見てからか、手をゆっくりと下げた。
「じゃ、葵さん、また、今度。」
竜真はそう言って、無理やり、葵を突き離す。
「ちょっとー。何するの!いい、明日は必ず来るのよ。みっちり、特訓なんだから。」
明日は、いつもの葵との魔術の特訓の日だ。
「天音さん、葵は体術ができるようで、教えてもらってます。天音さん、さぁ、早く買い出しを済ませましょ。」
竜真は天音さんの手を取り、その場を強引に切り抜ける。天音さんは相変わらず、無表情ではあるが、心なしか少し微笑が見えた気がする。ともかく、その日は無事買い出しを終えて、道場に戻ったのだ。