23陰謀の始まり
ここは大京国の中心地、古京。その中でも、中央に聳えるのが将軍様の鎮座する古京城だ。
周囲には堀が幾重にも張り巡らされ、いくつもの門が設けられている。中央には急須な石垣の高台が聳え、隠者の侵入を拒む。その高台には、古京を一望できる天守閣と、広大な屋敷が広がっていた。
大京国の元首は将軍様だが、何代も代替わりが続くと、将軍という職はお飾りで、実質、部下の決定を形式的に承認するだけの存在だった。
実際の政治を執政するのは、武帝と呼ばれる武人と、武帝を取りまとめ、将軍様の補佐役である宰相という役職だ。
その宰相こそ、丹波トメ、年齢不詳だが、五十年以上宰相を勤め、子供がいるのか、夫がいるのかすら、今となっては知る者はなく、詳細は不明。その姿は、外見は背中の曲がったばあさんあり、知る人でなければ、その人が宰相であるとは気づかないだろう。
トメにとって、頭の痛いことといえば、バランタイン国だ。
奴らは、以前、古京城に来た際に見せつけるように、『魔術』を見せびらかせた。それも上位の大魔術で、古京城が火の海になるかのような火の魔術に、それを鎮火と称して、大洪水を起こし、大嵐を呼び起こす魔術を発動させ、すべてを焼き尽くす雷鳴の魔術をわざと使って、力の差を見せつけた。
トメは歯がゆくて仕方なかった。相手は紳士的な態度でありながら、行動は敵対的、大京国が侮辱されたのだ。
相手を闇に葬ってやりたかったが、彼らのもつ『魔術』を前に、太刀打ちできなかった。トメは口を固くかみしめ、表情は何も変わりないかのように見えながらも、怒りに燃えていた。
「それより、気になる情報がありますぞよ。」
皆が座しているのは、古京城内の一室、武帝しか入ることが許されない特別な部屋。
暗く、照らすものは部屋にあるランプぐらいしかない。互いの顔は薄暗く良く見えない。
「ふむ、申してみよ。」
「牢屋敷から入った情報がありまして。捕らえた異教徒に本当に魔術を使える者がいたのじゃ。」
「ふむ。それで、当然、殺ったのだろうな?」
「それが、脱走されたそうじゃ。それどころか、一緒に投獄された囚人も脱獄させたそうですぞ。看守の兵では、一切、手が出せなかったそうじゃ。」
「まぁ、牢屋敷の看守はきついお灸を吸えないといけませんな。それより、問題は、魔術をどこから入手したかでしょう。もし、魔術が広がれば、我が大京国に反する者が出てきてもおかしくないかと。」
そのとき、奥の襖が空き、背中の曲がった老婆が杖を突きながら、ゆっくりと入ってきた。宰相 丹波トメだ。トメは空いている一座に座ろうとするが、腰が悪いのか、腰に手を当てながら、ゆっくりと時間をかけて座る。
「ふぅ、年をとると、困ったものじゃの。はて、それで、例の魔術が使える者の話かえ。」
トメはまるで、その場にいたかのように、話の輪に入ってくる。
「はっ、申し訳ございません。それが・・・」
「脱獄の話はどうでもええ。それより、情報よ。才蔵よ。わかっておるな。」
「はっ、仰せのままに」
トメは話を聞かずとも、状況を把握ているようだった。そして、才蔵という武帝に指示を出す。トメは続ける。
「ついに、魔術を使える者まで、大京国の中から出てきおったかのぉ。まさか、本当に出てくるとは思っていもなったがのぉ。」
異教徒の罪、もともとは民が反逆など企てないように、海外の危険な思想を取り締まるための法だった。
しかし、最近はバランタインの兵が密かに大京国内に潜伏しているという噂があり、『魔術』を使える者を優先的に捕らえるようになっていた。
だが、実際は魔術が使える者でなく、魔術を使えると妄想する者であったり、謎の呪文を唱えているような人だった。
ところが、今回は見事に魔術を使える者を捕らえることに成功した。トメの疑念が当たった形だ。
「良いか、バランタインとの関連を洗い出すのだ。もし、バランタインに内通するものであれば、拷問に処して、情報を洗い出すのじゃ。」
一方で、トメには思うことがあった。
それまでのバランタインの敵対的な外交でわかった。剣術だけでは、どうあがいても魔術には勝てない。
もう、剣術だけの時代は終わった。武力として魔術が加わることで、バランタインに対抗できないかと考えたのだ。
いっそのこと、バランタインへ諜報員を忍ばせるのも一案と考えていた。
「ふむ、少し、働いてもらうかのぉ。」
トメの漆黒の瞳が、さらに黒く、大きく見開かれるのであった。