16魔術修行実践編
たどり着いたそこは欝蒼としたスギ林だった。
街道を外れて小さな踏み跡を進んだ先にあった。
手入れされているスギ林は、適度に枝打ちされて、太陽の光が差し込むが、今来たこの林は、一切の手入れされてなく、枝という枝が伸びきって、太陽の光は遮られ、夜のように真っ暗だ。
不自然に伸びた枝が一層の不気味感を出す。
葵は気にもせず、ズカズカとまっすぐ進んで行くので、竜真はついていくしかないが、ついにそれが見えてきた。
いかにも、という雰囲気の洋館だ。見た目からしてボロボロで、窓ガラスが割れ、壁一面にツタが這って、窓内部は真っ暗で何も見えない。風がないにもかかわらず、窓際のボロボロのカーテンが揺れている。
洋館自体は、そこまで不思議な物ではない。黒船が来航してからというもの、バランタインの船がやってくる港町付近ではぞくぞくと洋館が建てられている。
不思議なのは、それは黒船が来航してからのつい最近のこと。しかも、建てられているのは古京の中でも、港に面した付近だ。
なぜ、こんな暗い林の中に、こんなボロボロの洋館が・・・と疑問に思うが、それは、葵が説明してくれた。
「大京国は黒船が来るまで、他国と交易を禁止していたでしょ。でもね、そのはるか昔は、他国ともいろいろと交易をしていたらしいの。それで、この館はその当時の異国人たちが作った館らしいのよ。ただ、ちょっといわくつきらしくて・・・なんでも大京国が交易を禁止したときに、ここに住んでいた異国人たちを全員殺害したとか、交易がなくなって自国へ帰れなくなった異国人が、故郷を想いながら自殺したとか・・・・・・出るらしいわよ。」
竜真はその話を聞くだけで、背筋がブルっとするが、葵は竜真の背中を叩いて無理やり中に入れようとする。
「ほら、なにビビってるの。行くわよ。」
葵は、ビビっている竜真を置いて、かまわずに恐怖の館の中に入って行く。竜真も一人にしないでとばかりにあと追う。
中は真っ暗だった。しばらく中に佇んでいると、少し目が慣れたかのか、完全な暗闇というほどでもないが、周りの様子がだんだんとわかってきた。
玄関のホールは天井が高く、半分壊れているが豪華なシャンデリアが飾られている。二階へと続く階段が右手と左手にあるが、左の階段はすでに崩壊している。
正面の壁には大きな肖像画が飾ってあるが、損壊がひどく、誰を描いたのかはわからない。
今でこそ、ボロボロだが、当時はきっと豪華な館であったのだろう。蜘蛛の巣が至る所にあるが、その裏側に金色の豪華な飾り付けが見え隠れし、当時の様子を偲ばせる。
竜真は、入ってすぐのホールで一人立っていたが、ふと背後に気配を感じる。なんだか、凄い冷たく、寒い感じがし、背後から誰かにじっと見つめられているような感じがした。
その寒く冷たい何かは、足元の先からゆっくりと流れ、脛、腿を通り、背筋を通る。そのまま首下ぐらいまで広がり、じわじわと両腕の先までいきわたって、竜真の全身を振るわせようとする。
ブルっと竜真は全身を一度大きく震わせた。
確実に背後に何かがいる。だが、決しては振り返っていけない。見てはいけない何かが背後にいる。そんな気配を背中から感じ取った。
振り返って、背後に何がいるのかを見たい気がする。
しかし、背後を見たら、そのまま闇の中に連れてかれそうな恐怖。
全身が振り返ることに危険信号を出し、竜真に背後を振り返させることを躊躇させる。
だが、背後に何がいるのかを確認せねばなるばなるまいが、なかなか決心が進まない。
固唾を飲み、自身の決心を確かめようとする。飲み込んだ固唾ですら、自分の体内の食道をゆっくりと流れていくのがわかるぐらい、集中しているのが自身でもわかる。
竜真は、ついに勇気を出し、おそるおそる自身の背後を振り返ろうと、ゆっくりと踵を返す動作する。足を一歩を出した、その、瞬間、何か冷たいものが、竜真の首筋をつかんだ。
「ひえぇっ!」
思わず声が出た。今まさに、恐怖の最高潮だ。そこにいたのは・・・葵だった・・・。
葵はしてやったり、のような嫌らしい顔つきで話しかけてくる。
「ひえっー、ですって、ひえっー、ですって、プーッ、クスクス・・・かわいいところがあるのね。」
「ち、違う。ちょっと、変な声が出てしまっただけ・・・だよ。っていうか、二回も言うなよ。」
竜真も頑張って言い訳するが、もう、言い訳になっておらず、最後の語尾では声が小さくなっていた。
「でも、これでわかったでしょ。何か冷たい何かを感じ取れたでしょ。それが『気』よ。まずは、それを自在に操れるようになることね。」
なるほど。だが、これはホラーだ。肝が冷える。きっとのその冷えるのが葵の言うところの『気』なのだろうが、怖いものが苦手な人にとってはとても耐えきれないだろう。
「まずはさっきのもう一回やりましょう。『気』を感じて、全身の体内を移動させる。そうね、まずは、その気を手の指先に集中させましょう。うまく操ることができて、指先に気を集中できれば、指先が淡く光るようになる。それができれば、気を自身の所望する形に錬成して放出すれば、魔術の完成ね。」
こうして、竜真の魔術修行が始まった。最初は恐怖でしかなかった。続けて見ると、意外と慣れる。とは言っても、ぼろい館なので、時々、何が崩れたりして、大きな音がする。
そのたびに竜真は悲鳴をあげていた。
「ひえぇっ!」
そのたびに、葵もニヤついていた。あえて、ニヤニヤするだけで、突っ込まないところが逆に恥ずかしい。
そんなこんなんで、小一時間ほど気を集中する練習を繰り返し、本日の魔術修行を終えた。
このあと、竜真には大東道場へ向うという任がある。一度解散したものの、再度、続きをやろうとなった。