15魔術修行
さて、翌朝である。
天気はよく、風も強くはなかったが、まだ初夏では隙間風が寒く、ボロボロの神社の社は夜を過ごすのには堪えた。夜を過ごした社を出ると、ここは小さいながらも小高い丘の上で、鳥居越しに辺り一帯の田園風景を見渡すことができた。
今日は雲ひとつない快晴だ。畑と田んぼ、雑木林が入り混じっているが、朝日が田んぼの水面に照り返し、街道にはすでに人の往来も見えた。鳥たちも近くの木々にとまってチュンチュンと鳴いている。
鳥居の奥に、一人背伸びをする人影が見えた。葵だ。
「あら、朝、早いわね。」
「当たり前ですよ。寒くて寝付けなかったです。」
あらそう、とばかりに、全く気にせず、葵は指示を出す。
「では、我が弟子よ、早速、朝の修業と行きましょう。まずは走り込みね。この神社の石段を百往復、そしたら朝食ね。」
百往復!小さな丘なので、石段はそれほど長くはないが百往復!丘の高さを20mぐらいとしても、2000m級の山を登ることになる。
「それ、魔術の修業と関連あるんですか?」
ちょっと竜真は躊躇するが、
「全く関係ない!ほら、さっさと行きなさい!」
と言って背中をバン!と叩かれる。
―――
朝食の時間だ。竜真は洞窟の中ですでに顔面蒼白になりながら、朝食を食べていた。
結局、石段の往復は時間がかかりすぎて、途中で打ち止めになったが、竜真は、すでに全身から悲鳴をあげていた。そして、葵の何がすごいのかというと、葵は自分で見ているだけかと思いきや、あの走りずらそうな浴衣の姿で、一緒に石段の往復に付き合ってくれた。しかも、「遅いよ!」と竜真の尻を叩いているぐらい余裕があった。
なんという身体能力。
そして、今の朝食に至るわけで、朝食のメニューが昨日の夕食と同じだ。ミカンと例の保存食。何という名前なのかわからないが、あの魚介物を漬け込んだもの。意外とうまいが、同じ食事になると萎えてくる。
「さて、食べ終わったら、さっそく、魔術の原理についての授業かしらね。」
朝食を食べ終わると、葵の授業が始まった。
「そうね。あなた、霊感はある?」
「霊感?」
「そう、たとえば、怖い廃墟とか、夜一人で厠に行ったりすると、背後に誰かいるような気配がしたりしない?」
「えぇ、まぁ」
「そう、それが、魔術の元となる『気』の正体なのよ。」
なるほど、時々、誰かが背後にいるような気配や、誰かに見られているような気配がすることがあるが、それこそが、まさに魔術。
言うならば、気配で敵の位置を知ることができる索敵に相当する魔術だ。
それを知らずのうちに、自然と人々は使いこなしているという。
あとは、気配を感じるときに使った集中力のようなもの、葵は『気』と言ったが、それをうまく錬成し、所望する形状に具現化する。それを体外に放出することで魔術となる。
特に幽霊がいそうな怖い場所に行くと、その『気』を一層感じやすくなる。そのような場所では誰もが自然と『気』の錬成をこなすという。
「っていうことが、この魔導書に書いてあるのよ!」
と言って、葵はテーブルの上に分厚い古そうな本をバン!と置いた。
「苦労したのよ。黒船の人たちは、さも当たり前のようにこうすればできるとか、言うのだもの。この本もらって、全部文字と単語を教えてもらって、全部読んで初めて、そこまでわかったわ。ただで教えてもらえるありがたみを感じなさい。」
確かに、この分厚い異国の魔導書を読むのは並大抵のことではないだろう。
その後も葵の座学は続いた。魔導書には、魔術の原理だけでなく、葵が使っていた魔銃も書かれているそうだ。
他にも、火や水を生み出す魔術や、索敵を正確に行う魔術というものがあるらしい。
中にはマグマを呼び起こし噴火を起こす魔術、大地を分裂させる魔術、隕石を呼び寄せる魔術のような大魔術だとか、この世には存在しない生き物『幻獣』を呼び出す召喚魔術という魔術もあるんだとか。
ただ、葵が言うに、そのような大魔術については、その威力や凄さだけが書かれていて、肝心の具体的な魔術の具現化方法は書かれてないのだとか。
魔術の具現化方法が記載されている中で、最も高度で実用的なものこそ、葵の扱う『魔銃』、それだけを必死に読み、実に数年近くかけて、やっと身につけたと言う。
「ということで、早速実技と行きましょう。弟子よ、どうせ、大東道場へ行くのよね。行く途中に修練するのにいい場所があるのよ。」
さっき、霊感がとか、怖い場所だと気の錬成がうまくいきやすい、だとか言っていたので、嫌な予感しかない。
それに、移動するとなると、脱獄事件を起こしたばかりなので、役人の目がとても不安になる竜真だった。
竜真は葵の後をつけて行く。一時的に街道を歩くことになるので、下を向き、顔を見られないようにする。
葵はというと、ミカンを片手に食べ歩きながらも、気にせずにズカズカと歩いていく。
竜真は、神経が図太いのかと思う一方で、葵はミカンが好物なのか、とも思うのだ。