13葵の努力に感動する
隠れ家ということもあり、その洞窟の中の小さな空間の中にはテーブルや、机、ベッド、棚などが配置されていたが、驚くべきは、壁一面に貼られている紙。
隙間もなく壁一面に貼られ、紙にはぎっしりと、異国の言葉が書かれている。
活字で印刷されているので、何かの書物から破り取ったものか。
魔法陣や魔術を放つ絵も書かれ、魔術に関する紙であることはわかった。その紙のいたるところに、下線が引かれたり、注釈が書かれたりして、細やかに手が加えられていた。むしろ、活字よりも後から書き込まれた文字の両方が圧倒的に多い。
棚に目をやったが、棚の中にも、異国のものと思われる本がぎっしり蓄えられていた。
これも魔導書と呼ばれる魔術に関する本なのだろう。小さな洞窟の中でありながら、壁一面の異国の言葉が書かれた紙、棚に置かれた大量の魔導書が威圧感を醸し出している。その場でじっとしていると、壁一面の紙に飲み込まれそうなほどだ。
竜真は思わず、声に出す。
「これって・・・。」
「魔導書ね。魔術の教本とか、ともかく魔術関係の本ね。前に黒船の船員にお願いして教えてもらったのだけど、あんまり詳しくは教えてもらえなくてね。いらない本をやるから自分で読めって感じでもらったのよ。」
「これ、自分で全部読んだの!?」
「う~ん、読めないから、最低限、文字とか単語の意味ぐらいは教えてもらったのよ。毎日、黒船の海兵のところに通い詰めて。といっても、半年ぐらいしか古京には駐留してなかったから、今も全部は理解できないわ。」
「ねぇ、これを読んで魔銃を使えるようになったの?」
だんだんと口調が感情的になる竜真。
「うん、まぁ、解読に一年ぐらい、なんとなく、魔術が使えるようになるまで一年、魔銃ができるようになるのに二年、使いこなせるようになるまで三年ぐらいかかったわ。」
葵は軽い言葉で竜真に話しかけるが、竜真の心には重く響いていた。
竜真はあわよくば、葵に魔術を教えてもらえるといいなと気軽な気持ちで考えていたのだ。
今、目の前にあるのは、いわば葵の努力の結晶。それを気軽に知りたいと考えていたことを猛省する気持ちが溢れてきた。
葵の言葉と壁一面に貼られた異国の紙が、数年前に竜真が魔術と出会った頃のことを振り返させてくれる。
時期を同じくして、黒船に乗り込んだ竜真。そのとき、竜真は魔術を見て、魔術に見惚れるだけでだった一方で、葵は魔術を自分で使えるようになりたいと、自ら努力した。数年の月日を得て、自ら努力し、自ら魔術を手にした。
何ということか、自らの努力で魔術を手にした者が、今、目の前にいる。
あの日見た、天を貫く青い炎の剣、あのとき、自分は見るだけで満足してしまった。
なぜ、あのとき、満足してしまったのか。自分も魔術を使えるようになりたいと思わなかったのか。今更、後悔しても始まらない。
今、目の前には自らの努力により魔術を手にした者がいる。
部屋一面に貼られている異国で言葉で書かれた紙、棚に大量に積まれた魔導書、それらを前にして、竜真は自身の怠慢を恥じた。
同じ魔術というもの魅了された者であるのに、自身は憧れを抱いただけ。対して、彼女は自ら魔術を手にしようと日々、努力した。
「本、見てもいいか?」
「ええ、いいわよ。」
竜真は魔導書をパラパラと開く。そこには、様々な書き込みが事細かに書き込まれ、翻訳が書かれ、注釈が書かれ、途方もない努力の痕跡があった。本来の活字の量よりも、圧倒的に後から書き込まれた文字のほう多かった。
いったい、自分は今まで何をやっていた。
葵の努力を前に、自分はただただ、情けなかった。
努力をしなかった自分への行動に後悔、怒り、悲しみの念が募る。その責任の所在は自分にあることはわかっている。わかっているからこそ、だんだん、自身のしてきたこの五年間の情けさに対して悲しくなってくる。
気が付けば、なぜか、目から水分が溢れそうになっていた・・・。
「えっ、ちょ、ちょっと、何よ。」
竜真は手に取っていた魔導書を丁寧に棚に戻し、葵の正面に立つ。
「きっと、ここまでたどり着くのはとても大変だったのでは?」
「そりゃ、もう、毎日、毎日、早朝に練習して、昼は仕事だけど、夜は遅くまで翻訳と、本の読破よ。大変だったというレベルじゃないわ。死にそうよ。」
葵は、エッヘン、という感じで、冗談交じりに偉そうに喋る。今の竜真はそれを冗談として捕らえられる状況ではなかった。真剣に耳を傾け、その言葉を聞いては、竜真はこれから何をすればいいのかを考えた。
自分も魔術を使えるようになりたい。あの、天を貫く、青い炎の剣、あれをも超える魔術を使えるようになりたい。それこそが、自身の夢ではなかったのか。
そのためには、どうすればよいのか。
「葵、さん。」
竜真は葵に向けて体を正面に向けた。
「一生懸命解読した魔導書などをタダで読ませてください、というのはとても虫のいい話かもしれません。」
そこまで、言うと、竜真は、洞窟の広間で、膝をつき、葵に向けて土下座した。
「ですが、どうか、小生を弟子にさせてください!」
「・・・。」