139歴史が動く
歴史が動いた、という表現は適切なのだろうか。
これまで竜真というある武士についての物語を書いてきたが、ここにきて、世界の時代は変ろうとしていた。
これはバランタインでのその後の一コマである。
「ふむ、モルトに任せたのは失敗だったか。」
「あらでも、いいものが見れたわ。」
バランタインの中心部、ガーデンと呼ばれる宮殿の中でも、最も華々しく、警備も厳重な部屋である。
会話をしながら、王冠を机の上に置くのは、形式上はここバランタインの頂点に君臨する者であり、周囲からは傀儡の王と囃し立てられていたバランタイン王だ。そして、その会話の相手はバランタイン王妃。
互いに年を取り、白髪に皺が目立つ姿だ。
「ほら、やっぱり、モルトの魔術だけでは無理があったのよ。」
「そうだな。だが、モルトは民衆と貴族どもをうまく騙す力があった。」
「あたしも、その力は惜しいと思うけど、仕方ないじゃない。」
「なら、ほかの誰か、民衆の心をうまく扇動できる人間をバランタインの代表でもさせるか?」
「そうね。でも、西国のせいで、モルトを亡くなったことにすれば、民衆に西国への敵意を向けることができるわ。今、民衆にかけた魔術を解くのは時期尚早じゃなくて。」
「いや。構わんだろ。西国に敵意を向けることができたしても、実力が伴わなければ意味がなかろう。それよりは、早く民衆の忠誠を次の代表者に向けたほうが、早く対応ができるだろうな。」
「そう。なら、民衆の魔術を解いて、あの将軍に忠誠を向けるように、民衆に魔術をかけておくわ。」
「あぁ。わかった。」
バランタインでは、モルトに変わる代役が選ばれ、新たな策謀が実行に移されようとしていた。
それだけではない。これは、大京国のさらに西側に位置する国、華国で話である。
「どうやら、バランタインという東国の国々が、我ら華国への侵攻を企んでいたようですが、ちょうど大京国がその矢面にたってくれたようですな。」
「ふん、我らの妖術の前に、東国の脅威などないに等しい。だが、大京国がその矢面に立ってくれたというの面白い話だな。」
「いっそ、大京国と国交を結んで、状況を探らせては、いかがでしょうか。」
「あの未だ棒切れを振り回して、戦っている国とか。ふん、笑止。あの未開の国に人を遣わすなど恥るべきであろう。」
「いえいえ、人を遣わすのでなく、わざわざ人を遣わしてやるのでございますよ。あの下郎な国にです。さすれば、少しは文明のレベルの違いというものを嫌でも認識するものでございましょう。」
「なるほど、それは、面白いぞ。」
竜真と葵たちが起こしたこの事件は、こうして、何かしらの形で世界に影響を与えていたのだ。
そして、それは大京国でも同じである。
ここは古京城の一室、薄暗い部屋の中で武帝と呼ばれる者たちが寄り集まっていた。
「困ったものよのぉ。」
そう話しているのは、大京国の宰相、丹波トメ、背中が曲がり髪は白髪だらけ、肌はしわとシミだらけの体でありながらも、この大きな瞳にはすべてを飲みこむほどの漆黒が広がっている。
トメを囲むように武帝たちは話をしている。
「バランタインとの海戦はなんとか天音の働きで防げたものの、華国も動きはじめておる。というのに、士族たちは未だに棒切れで勝てると思っているとは、どれだけ頭が固いときたか。」
「それだけではないようです。軍備は実力に基づいて再編されたはずでしたが、偶然、身分のある者が実力を持ってからは、身分で軍備をされるようになったとか。それによって、実力もないのに身分の高いものが軍備の上層を握るようになってしまったそうですぞ。」
「はぁ、大京国は終わりだな。」
「そういえば、バランタインへと諜報を出した者が帰還したであろう。」
「ほう、あやつがか・・・。」
トメはゆっくりと顔に笑みを浮かべるのだった。
そんな中、竜真と葵は、バランタインから大京国へと戻った。もちろん、密航などではなく、正規の貨物船に乗船しての帰還だ。バランタインでの一連の事件で、功を奏したのか、バランタイン国王から、自由に行き来すること許された。
バランタインには宿屋ブルーもあったが、宿屋ブルーのことは、タリスカーに運営を任せた。
タリスカーなら何も問題ないだろうし、何かあれば、バランタインでの活動の拠点にもでき、情報収集もできる。
さて、貨物船は数日間の航海を続け、大京国の港に着岸した。船を降りようとするも、竜真と葵は貨物船の甲板の上で、へばっていた。
バランタインに密航したときに比べれば、はるかに快適ではあるのだが、それでも船は揺れる。
「あ、あ、葵・・・生きてるか・・・。」
「えぇ、生きてるわ・・・・・・。」
「船、降りるぞ。」
「そうね、・・・竜真、肩貸して、あたし、歩けない・・・。」
「す、す、好きにしろ・・・。」
気持ち悪くて吐きそうだ。葵も船酔いがひどくて船の欄干でへばっている。
そこで、ふと気づいた。
葵はもうおばあちゃん、白髪だらけ、肌もしわだらけだったはず。
なのに、気づけば肌にはみずみずしさ、髪には美しい黒髪が戻っているような、そんな気がした。気のせいか。
(あれ、葵?少し若返ってないか?)
葵は、へばりながらも竜真の肩を持つ。竜真は、ずっと葵の方を見ていたので、ふと、目と目があってしまう。
その目は、命が尽きることを覚悟した老婆の目ではなく、確実に、希望に満ちた若返った瞳が映る。
どうやら見間違いではない。
そう、あのとき、バランタイン国王は「時間を無駄にしたというのであれば、それも返そう。」と言った。
もし、それができるとすれば、葵以上の、あのおじさん並みの高度な魔術を持った者だろう。
ふと、パーティーにて昔、モルトが魔術はバランタインに起源があると言っていたことを思い出す。
そして、あの青いローブのおじさんは、自分たちが魔術を創出したという。
少し、その意味がわかったような気がした。魔術と武術で、少し強くなった気がしていたが、あのバランタイン王や、天音さん、青いローブのおじさんのように、上にはさらに上がいる。
「ちょっと、何?」
「いや、ちょっと、目がキレイだなと・・・。」
「ば、馬鹿、何言ってるの。」
葵は竜真の背中をバンと叩く。
竜真と葵、そして、タリスカーが過ごしたこの時間、それは、今、新たな歴史の転換点を迎えようとしていた。
それまで、大京国においては、武術一筋であったものが、あらたに魔術を取り入れるようになった。
大京国以外の国でも魔術の力を導入しよう画策する動きが見られていた。
そして、歴史の転換を迎えたことで、新たな物語が始まろうとするのだった。