137影の支配者
「ふん、よくここまで来たものだが、私を甘く見るなよ。私とて、そこらの魔術兵よりも遥かに強いぞ。」
モルトは体の周りから黒く光るオーラのようなものを見せる。
葵がそこに魔銃を撃ち込むが、魔銃がそのオーラにかき消される。
「どうだ。小娘、禁術だ。魔導抹消術。私に魔術は効かない。」
「だから、どうした。」
葵は、太ももに隠していた小太刀を抜刀し、素早くモルトの背後をとって、背後からモルトの喉に刃をあてた。
「ふん、甘いわ。」
モルトは、ふっと姿を消した。おそらく何かの禁術か何かだろう。
「ふん、小娘が、あま・・・」
モルトが姿を現したと思ったが、姿を表すところで喉元に竜真が刃を突きつけていた。察知でモルトの移動するところを予測したのだ。
「き、貴様・・・。」
モルトは、再び、姿を消した。そして、竜真のすぐ背後に現れ、至近距離から竜真に何かの魔術を発動させようと、手を近づけた。
「ふん、これでどうだ、西国の猿が・・・。」
「だから、それがどうしたと言ってるんだ。」
モルトが手を伸ばした先には、確かに竜真の背後があった。だが、そこには誰もいない。
それどころか、竜真に背後を取られ、喉元に刃を突きつけられる。
もちろん、竜真の察知の能力もあるのだろう。だが、それだけでは、これだけ機敏な動きはなし得ない。
これまで気づかずにループをこなしてきたからこそ、気づかぬうちに、竜真を一つ上の段階へと上げたのだろう。
さらに、葵が魔銃をモルトに額にあてがい、モルトの動きを完全に制止させた。
「勝負あったわね。歯を食いしばりなさい!」
ボコッ。
葵はモルトに顔面に一発パンチを食らわす。
ボコッ、ボコッ。
さらに、二発、三発とパンチを食らわしていく。モルトは鼻血が吹き出ている。
「おい、葵、止めとけ。」
突如、ふとそこに、モルトの上に、黒い布切れが空中からヒラヒラと舞い降りた。
黒い布切れはちょうど、モルトの頭上にかぶさった。
モルトの頭上にかぶさったはずだというのに、黒い布切れは、まるでモルトなどそこにはいないかのように、そのまま地面に広がった。一時期、大京国では、昔、マジックという奇術が流行っていたのだが、まるでそれを見ているかのように、マントは地面に広がった。
「!」
竜真が急いで、その布を取り除くと、そこにモルトはいなかった。
ふと、竜真と葵が、背後を見る。ちょうど、そこは白いガーデンに立つ宮殿の入り口。その入り口に佇んでいたのはバランタイン国王と王妃だ。
あの傀儡の王であるはずの国王、王女が二人並んでいた。
「我々の負けだ。」
一瞬、何が起きたのか理解が出来なかった。だが、葵は察しが付いたようだ。
「ふーん、なるほど、傀儡の王だと思ったていたけど、思わされていたということね。」
「どう捕らえてもらっても構わない。だが、モルトを引き渡すわけにはいかない。兵は引かそう。互いに引いてはくれぬか。もちろん、ただとは言わぬ。好きなものを言え。」
竜真と葵は、どうしたもんかと、顔を見合わせる。
そこに、残存兵の殲滅していたタリスカーと、休憩中だったバルブレアが合流した。
「まぁ、あたらしら、別にバランタインには思い入れはないし、魔導書ならば、ほとんど読んじゃったし・・・、毎回あのモルトのせいで、やられていたのが、腹に立っていたわけよ。あいつをギッタンバッコンしてやったからだいぶせいせいしたから、今さら望むものって言われても・・・。」
「ご主人様。ならば・・・。」
タリスカーは、葵に声をかけるも、一声かけるだけで葵は理解した。
「なるほど、ならば、ガーデンの北側にある廃村。ゴミや排水だらけの村を改善して。衛生状態を改善して、港町からの道を作って。」
ガーデンの北側の廃村、それはタリスカーの故郷なのだ。とても衛生状態はよくない。
すでに、そこを離れて時間は経過するが、タリスカーにとっては故郷なのだ。
王は答える。
「わかった。約束しよう。それと、モルトのせいで時間を無駄にしたならば、それも返そう。」
王の言った最後の一言はよく理解できなかったが、これで、終わった。すべてが終わったのだ。
ともかく、バランタインからモルトは消えた。あの王が言うには、バランタインにはいないという。結果はどうあれ、モルトはいなくなったのだ。