134後始末
「さて、竜真、行くんだろ?」
「へっ?」
「ふん、とぼけた顔して。モルトをぶっ倒しに行くんだろ。」
「ちょ、ちょっと待って」」
例の事件の翌日である。
宿屋ブルーのご主事様の部屋でタリスカーが配膳をしながら、ご主人様と竜真が会話をしていた。
結局、その前の晩は、宿屋ブルーの近くの広場の芝生の上で、二人で寝てしまった。
ちょうど、寒くもなければ、暑くもなく、心地よい夜風が吹き抜けるので、ちょうどよい。
そして、宿屋ブルーに戻り、おばあちゃん姿の葵と食事を取っているというところなのだが・・・。
「なぁ、お前、モルトをぶっ飛ばすってどういうこと、お、うぉ!」
と竜真が言いかけた瞬間に、配膳中であったタリスカーの目が光り、瞬時に回し蹴りが飛んできた。
竜真も戦闘には慣れてきた。タリスカー回し蹴りを瞬時に判断し、とっさの判断でそれを躱す。
だが、タリスカーもそれを読んでいる。
竜真が蹴りを躱した位置にフォークをすかさず投げると、それは竜真の顔面に命中し、フォークが突き刺さるのだ。決して、良い子は真似をしてはいけない攻撃の類だ。
「貴様、禁忌を忘れたか。ご主人様と呼べ!」
ご主事様、こと、葵は、竜真とタリスカーのやり取りを見ながらも、何事もなかったかのように、フォークとナイフで食事をしていた。
「タリスカー、いいのよ。もう。昨日、竜真はあたしの正体に気づいてくれたわ。」
「そうでしたか。」
「タリスカーも、もう、あたしのことはご主人様と呼ばなくてもいいのよ。」
「ですが、あたしは、今までご主人様と呼び続け、何度もこれまでの歴史を繰り返してきたのです。これまで通り、ご主人様と呼ばせてください。」
「そう。なら、止めはしないわ。」
優雅に食事を取る葵。おばあちゃんの姿になったことで、少し優雅さが現われた。
「なぁ、葵、そう言うのは、もっと早めに言っておいてくれないか。頭から血が出ているんだが。」
竜真は頭に突き刺さったフォークを取りながらも、再び葵へ話しかける。
「で、葵、なんで、モルトなのさ。」
「決まっているじゃない。誰のせいで、こんなにずーっと同じ時間をループしたと思ってるのよ。」
「おい、モルトはあのガーデンの中心部にいるんだぞ。やるなら、もっと計画を練って・・・。」
「あんた、それでも大京国の武士なの?武士なら、正面から堂々やりなさいよ!」
「けど、モルトは、一応、あれでもバランタインの民から支持されているんだぞ。もし、モルトを掴まえれば、どうなるかわかるだろ。」
「いいじゃない。やってやろうじゃない。この国の全国民を相手したって構わないわ。それにね、今まで何度も歴史をループしてきたけれどね、あたしは、ただループしていただけじゃないわけよ。あんたと違って記憶があるからね。今なら、禁書庫に書かれていた魔術も余裕で発動できるわ。正直、負ける気がしない。竜真が、やらないならあたし一人でも行く。あいつをぶっ飛ばさないと、あたしの腹の虫が収まらないわ。」
葵、見た目は誰が見ても、すでに白髪だらけのおばあちゃんだ。このおばあちゃんが、一人で出陣するというのであれば、周りの人たちは止めようとするだろう。
けども、その見た目を裏切るかのように、気合だけはみなぎっていた。それは、今までの何かを諦めていたような目とは大きく違っていた。
「ねぇ、竜真・・・あたしに、弟子にさせてください、といったのはどこの誰だっけ?」
そう、竜真は大京国で葵の隠れ家を訪れたときに、葵に弟子にさせてくれと頭を下げていたのだ。
「それは、俺だし、今も師匠だと思っているけど、相手は、バランタインの全勢力が集まって・・・。」
「じゃ、あたしのいうことを聞くのね。さ、飯、食べたら、すぐに行くわよ。」
「ちょっと、葵?えっ、今から!?」
もはや、竜真には最初から選択肢はなかった。腕を強引に引っ張られ、無理やりに連れかれる竜真である。
それよりも、これほどまでにご主人様は元気になってくれた。
今までのご主人様からすれば、性格がまるて反転したように元気になった。
強引に竜真の手を掴んで、宿屋ブルーを出ていこうとするご主人様に対して、タリスカーは店員たちを皆呼び集め、ご主人様の前に並ばせた。皆、礼儀ただしく、タリスカーをはじめとする店員たちが一列にならんだ。
「ご主人様、このお店はわたしにお任せください。」
「さすが、タリスカーね。店のことは、あなたに任せるわ。」
タリスカーはお辞儀し、続いて、店員たち全員が、一斉にご主人様である葵にむけてお辞儀する。
だが、しかし・・・、ご主人様である葵は言葉を続けた。
「けどね、タリスカー、あなたは強いわ。店なんて数日閉店したところで、どうせ問題ないんだから、店なんか休んであたしに協力しなさい!」
「・・・。ご主人様がそうおっしゃるのであれば、ついていきましょう。」
もはや、完全に葵の世界だった。連れ回されるのは竜真だけでなく、タリスカーも巻き込まれた。
こうして、三人は突如、バランタインの中心部、ガーデンへ急遽赴くことになった。