131二人の葵―浜辺にて
竜真は葵はガーデンから逃げ出し、夜の浜辺に出た。そこで、二人は抱き合った。
絶望からの起死回生、それを互いに分かち合うかのように、葵の温かなぬくもり、耳元で感じる葵の吐息、それを互いに感じ取る。今、二人は生きてる。
でも、何だ?この違和感は。
まるで、生き抜いたことが奇跡のような達成感。
確かに諜報であることがバレ、危険な状況ではあったが、なぜ、これほどまでに生きていることが嬉しいのだろう。
「うっ。」
突然、竜真の脳裏に浮かぶのは、まるで葵の形をした黒焦げの何か、そして、それを前にして、絶望する自分の姿。一面の焼け野原に、黒い雨が振りそぐ風景。どこかで何度も見たことがある気がする。
「ね、帰ろう。」
「あ、あぁそうだな。」
我に気づく竜真。葵の手を取り、ともに歩き始める。
温かな葵の手、でも、脳裏の奥では、冷たくなった葵の手が感じられていた。いったい、この感覚は何だ。
葵は、ふと竜真の異変に気付く。
「どうしたの?」
「い、いや、何でもない。」
葵は、竜真に寄り添い歩く。竜真も脳裏に浮かぶそれを掻き消し、歩き始める。
けども、再び、頭に浮かぶのは、黒焦げとになった葵とそれを前に佇む自分。しかも、それが何度も繰り返されるように、再生される。
竜真は、歩みを止め、それを心配そうに見つめる葵。
「すまん、ちょっと疲れたのかもしれない。」
「ね、やっぱり、見えてるんだ。」
「えっ。」
少し驚いたような表情をする竜真。
「はぁ、やっぱり、あたしじゃダメなのか。」
「・・・。」
「ね、見えてるんだよね?あたしの死体が。」
「えっ」
竜真は驚きを隠せない。
「そっか、デジャブというのかな。どこか昔に経験したことがあるような風景が見えるでしょ。それもね、一つの魔術なんだ。未来視だったり、忘れていた過去を見る魔術。」
「えっ、でも、じゃぁ、これは?」
「今の竜真が見ているのはね、忘れていた過去よ。」
「忘れていた??・・・どういうこと!?」
「あのね、あたしはさっきの攻撃で死んだはずなの。竜真が見たようにあたしは黒焦げになった。そして、あなたは絶望した。けど、あなたは絶望から立ち上がった。そして、その歴史を変えようとして、時間をかけて、時間遡行の魔術覚えて、時間遡行させたの。けどね、時間遡行を使うと、時間は戻るけど、記憶も戻るの。だから、あなたは、時間遡行したことを忘れて、再び同じ歴史を繰り返した。そして、永遠にその時間を繰り返すわけ。そして、今も・・・。けど、あたしは気づいた。時間遡行の魔術は記憶すら時間遡行するけど、空間転移魔術を併用することで記憶を維持したまま時間遡行できる。そして、あたしは空間転移魔術を使ったわ。でも、そうするとね、時間遡行したときに、時間遡行による葵と、空間転移魔術でその場に残った本来の葵の二人ができるわけ。そして、あたしは時間遡行によって出来た葵というわけよ。」
「う、う~ん。」
竜真はわかったような、わからないというような感じだ。
けども、竜真も薄々感じていた。
古京へ行く途中に天音さんと出会い、違和感がしたこと。
決定的だったのは、少し前に、天音さんに餞別にとミカンを渡されたとき。
ミカンは葵の大好物であったはず。その葵がミカンを知らなかったことから、まさかとは思っていた。
世界は時間遡行し、少なくとも、今、目の前にいる葵は竜真の知る葵ではない。
「ま、天才魔術師のあたしに、任せなさいな。デジャブのように見えるのも魔術の一つ。だから。こうすれば、全部がわかるわよ。」
葵は、竜真を両手で添える。両手は淡い光に包まれ、その光は竜真を包む。
脳内で再生されるのは先ほどの光景。けども、先ほどと違ってデジャブというものではない。明確に脳裏にはっきりと写った。
バランタインを包む絶魔終滅魔術、神撃。そして、それによって黒焦げになった葵。それを見て絶望する自分。
絶望するが、それに抗う自分。
約百年の幾星霜をかけて、修練し、自分は、時間遡行魔法を発動した。
時間は遡行したが、自分も記憶が遡行し、時間遡行魔術を発動させたことを忘れ、同じループを繰り返す。
そして、再び、絶魔終滅魔術、神撃が発動する。
それによって、再び、黒焦げになった葵。絶望する自分。時間遡行魔術を発動する自分。
そのループが何度も、何度も、何度もループする。
時間遡行魔術は記憶すら時間遡行する魔術。だから、何も知らずにまったく同じ歴史を繰り返す。
でも徐々に異変が現れ、葵が気づいた。
そして、あるとき、葵は転移魔術を使った。
転移魔術を使ったことで、その場に残った葵と、時間遡行により生じた葵の二人が現れた。
時間遡行に従って、何度も若返る葵と、時間遡行に逆らい、徐々に年を取る葵。
何度も何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も、自分を止めようとしてくれたが、すべて結果は同じ。時間は無残にも繰り返される。
それでも、あの手、この手で葵は自分を止めようと繰り返す。
段々と、老いる葵。徐々に白髪が目立ち、しわが目立つ葵。
それは、今、見てきた宿屋ブルーのご主人様に他ならない。
気が付けば、現実に戻っていた。
隣にいるのは、間違いなく葵。なのだが・・・。
竜真は葵を見つめる。
「ね、行ってあげてよ。あたしは葵。でも、魔術の副作用で生まれたまやかしの葵。あなたはどちらの葵と旅をしてきたの?」
「葵・・・。」
竜真は葵をぎゅっと抱きしめた。今までにないぐらい抱きしめた。
「今まで、ありがとう。」
「バカ、でも、あたしも葵だから、もう一人の葵のことも分かる。あたしはあなたのことがいつの間にか好きなってたのかもしれない・・・。」
気づくと、葵の姿はなかった。彼女は本物の葵ではないのだ。それを認知することで、魔術の副作用が解けたのかもしれない。
「葵・・・。」
気づけば、手の中に青い花柄の髪飾りが残っていた。
それは、いつも葵が髪に留めていたもの。そして、絶魔終滅魔術、神撃により、黒焦げになったときに、唯一、灰の中に残っていたものでもある。
竜真は前を向いた。そして、走った。もちろん、行く先は・・・。