123それでも、何度でも竜真を救う
その後、葵はあの手、この手で何度も竜真に時間遡行魔術を使わないように仕向けたり、無理やり大京国に帰るように仕向けるが、どれもまったく効果はなかった。
そして、ループは百回目を超えたあたりで、自身の異変に気付いた。
自慢ではないが、葵は自分を美しき女性と思っていた。実際に、周りの男どもは、葵が近くを通ると、葵の方へと自然と視線がいく。
だというのに、ふと鏡を見たときに、鏡の前にいる自分の姿は、髪に白髪が混じり、手や顔に皺が現れ始めた。
時間遡行魔術の副作用だ。
そのまま時間遡行すれば、若さも時間遡行する。けども、葵は自身に空間転移魔術を施し、自身の本体は時間遡行しないようにした。
だから、周りの人間は時間遡行で年を取らないが、時間遡行しない自分は、年を取り、老化していく。
時間遡行した当初は、その時代の葵とまるで双子のようにそっくりで区別が付かなかったというのに、老化が進んだせいか、区別がつくようになった。
周りにいた人も、当初は双子がいると、びっくりしてたようだが、今となっては驚く人も減ってきた。
だから、何だ、ということはない。竜真を救うために、竜真が時間遡行魔術を使わないように仕向けるという目的は何も変わっていない。
ただ、これも百回を超えたことで、長期戦になりそうだとは、感じていた。
そこで葵は拠点を作った。
これまでは、竜真と葵がバランタインに来るまで、ずっと待ち、来たところで二人を掴まえ、喫茶店などで会話をして説得した。
竜真たちも、自分も、適当に宿をとってはその日暮らしをしてたが、いっそのこと、自分で宿を開いてどうかと考えついたのだ。
葵は、必ず竜真が訪れるであろう場所の近くの空き家で、小さな宿屋を開業した。
そこは、バランタインの街の、例の竜真たちが無銭飲食で捕まるレストランの近く。
ここであれば、竜真は必ずやってくる。
店の名前を、自分の名前「葵」をバランタインの言葉に翻訳して、「宿屋ブルー」とした。
葵は、「宿屋ブルー」と名付けて納得した。
これまでのループの回に、宿屋ブルーとそのご主人様は登場しなかった。
違和感はあれど気にしなかったが、こうしてできたのが「宿屋ブルー」なのだと知ってしまった。
つまるところ、ご主人様と呼ばれていた、あのおばあちゃん、その正体にもおのずと気づいた。
ご主人様が、なぜか、未来のことを言い当てたか、竜真にやたらに大京国へ帰れと言うこと、すべて納得がいった。
宿屋ブルーのご主人様、それは、自分自身だった。
そして、あのときも、竜真を救おうと、あの手、この手で作戦をこなしていたのだ。
その後、予定通り、竜真と葵はバランタインへとやってくる。いつものレストランでトラブルとなり、取り締まり部隊にお金を持たせては、竜真を引き取った。
その後は、自身が開業した「宿屋ブルー」に連れてきて、そこの給仕をさせた。
二人を給仕させている合間にも、葵は、二人を自室へ呼び出し、自分が過去から時間遡行魔術を使ってきた人間であること、この先、モルトなる人物が絶魔終滅魔術、神撃を発動させること、葵は死ぬこと。竜真がそれを救うために、時間遡行魔術を使って世界は無限にループすることになること、一通りを説明し、竜真にお願いをする。
「だから、ここを離れて大京国に戻ってほしい。時間遡行魔術を使うな。」
だが、結論から言えば、このループにおいては、葵の作戦は失敗だった。それもいつものこと。分かっている。
次の回においても、「宿屋ブルー」を拠点として、あの手、この手で竜真を止めた。
説得してダメならば、無理やりにでも大京国に帰ってもらおうと、ありとあらゆることを試した。
だが、ダメだった。
まるで、何かの因果、または運命とでも呼ぶべきものか、何か見えない何かに縛られているかのように、最後に竜真は時間遡行魔術を使ってしまうのだ。
何度、このようなやり取りをしたか。
幾度となく葵は竜真の説得をするも、どのようにあがいても、結論は同じ。竜真が時間遡行魔術を発動するたびに、自身も空間転移魔術により、徐々に年をとっていく。
残念かな。多少の差はあれ、歴史は変わらなかった。
毎回毎回、自分は死んだ。真っ黒な死体となった自分を見て、自らも残念と思う。そして、自身も直後に神撃の高エネルギーの赤黒い波に巻き込まれて消えてゆく。
それを何回繰り返しただろうか。
何度も、何度も求めた。それでも歴史の結果は変わらない。
ついには一万を超えた段階で数えることをやめた。
ある日、鏡を見た。しわの寄った顔、白髪だけの頭髪、腰の曲がった容姿、気が付けばかなりの老婆だ。
若いころの自身とは似ても似つかない。
それでもループは無限に続く。
竜真が葵を救うために努力に努力を重ねて時間遡行魔術を発動させた。
だが、皮肉なことに、本人には時間遡行魔術を発動させたことすら気づかず、同じ歴史を繰り返した。
竜真に、あの手この手でで時間遡行魔術を使わないように説得するも、結末は決して変わらない。
葵は気づいていた。
ループを重ねるごとに徐々に老いていくていく自分。
いずれは、いつか寿命を迎えることだろう。
自分なりに努力を重ねたつもりだった。幾度となくループする中で、いつか報われだろうと、幾度となく努力を続けてきたつもりだった。
次のループも努力はするつもり、だが、予測はついている。次のループの結果はどうせ同じだ。
いくら努力したところで、報われない努力もある。
そして、努力は報われぬまま、ループの度に蝕まれていく老化によって、いずれ寿命を全うすると。
だが、それでも、葵ややめない。
竜真は自分の全人生をかけて、葵を救ってくれた。そうであれば、葵もこの寿命が続く限り、竜真を助けるつもりだ。
そして、今もなお、無限のループは続き、葵の予測通り、世界は同じ歴史を繰り返すのだった・・・。