120竜真を救え 1回目
葵が時間遡行魔術により辿り着いた時間、それは、竜真と葵がバランタインに来る前の時間だった。
葵は、竜真たちがいずれ、バランタインを訪れるのを待ち、説得して、時間遡行魔術を使うのをやめてもらうようにお願いする作戦を考える。
そして、その日は訪れた。
とあるレストランでトラブルでもあったのだろう。
腰にはサーベル、背中には銃を背負い、全員が黒色の制服を着た人たちが集まっていた。
そして、その渦中にいるのは、汚い和装の男女が二人いた。
竜真と葵だ。
懐かしい。
初めてバランタインに来たとき、お金は世界共通だと思って、こんなトラブルもあったもんだ。
黒色の制服は、街の治安取り締まり部隊、掴まったらタダではすまない。
葵は、治安取り締まり部隊に声をかける。
「ねぇ、ちょっと何かあったの?」
「あぁ、無銭飲食だよ。見たこともない貨幣出してだまそうとしたんだ。」
「その子たちは、異国から来たばかりで、こちらのお金のことを知らないのよ。あたしが代わりに払うわ。」
「はぁ?金払って済むなら、取り締まり部隊なんていらねえんだよ。」
「まぁまぁまぁ。落ち着きなさいな。」
と言って、取り締まり部隊のリーダ格の男に高額紙幣を手渡した。
「まぁ、しょうがねぇな。」
リーダー格の男は、渦中の女の顔を見比べる。
「なるほど、前ら双子の姉妹か。ちゃんと教育しとけ。服も汚え服じゃなくて、もっといいものを着せろよ。」
そう言って、黒服の取り締まり部隊たちは引き揚げた。
はて?双子の姉妹とは???と思って、葵は竜真たちを見ると、なんと、そこに自分がいた。
時間遡行したので、当たり前だが、何とも不思議な光景だ。
目の前の竜真も、隣にいる葵と、目の前の葵に目線を行ったり来たりさせていた。
竜真の隣にいる葵も、口をポカンと開けて、腑抜けた顔をしていた。
「おい、葵、お前って双子だったのか?」
「あたしも今自分が初めて双子だと知ったわ。」
「あの・・・これは違うのよ。あたしたちは双子じゃないわ。」
とりあえず、葵はこの時代の竜真たちが勘違いをしているようなので訂正する。
「ねぇ、竜真、少しお話をさせてちょうだい。その辺りのことも説明するから。」
葵は二人を引き連れ、近くの喫茶店に入った。
まったく同じ顔の女が二人いるのだ。店内に入ると周囲の客から注目を浴びた。
とりあえず、席について、コーヒーを三人分注文する。
竜真と、この時代の葵は、コーヒーも初めてだ。激しくむせていた。
自分も初めて飲んだ時には、これが飲み物かと思ったもんだ。
ゴホッ、ゴホッ
「何だこれ、苦い・・・。」「何これ、苦いんだけど・・・。」
そんな二人を前に、葵は竜真たちに説明を始めた。
「ねぇ、竜真、それと葵、聞いて。あたしは、未来の葵よ。時間遡行魔術という魔術を使って、未来の時間からここに来たの。」
その会話を聞いてこの時代の葵が身を乗り出す。
「えっ、時間遡行魔術!?未来のあたしは、そんな凄い魔術を覚えるのね。ちょっとあたし凄くない!?」
と、隣の竜真を激しくゆすりながら、はしゃぐ葵を見て、未来の葵は、なんてチャラいんだと自分を蔑むのだった。
葵は、顔を真剣な顔つきに戻し、顔を横に振る。
「あたしは、ここ、バランタインで多くの魔術を学んだ。でも、将来は楽しい未来じゃない。あたし、葵はね、このバランタインという場所で、竜真を庇って死んだの。」
「えっ、」「えっ、」
「そして、竜真はあたしを生き返らせようと努力した。努力に努力を重ねて何とか時間遡行魔術を習得して時間を戻すの。けどね、結果は変わらない。同じ運命を辿るだけ。再び、あたしは、竜真をかばって死に、竜真は再び、努力を重ねて時間遡行魔術で時間を戻そうとする。その繰り返し。無限に続くループね。たまたま、その無限のループに気づいたあたしが、こうして、時間遡行魔術でこの時代に来たのよ。竜真を止めるためにね。」
「・・・ほぇーーー・・・。」「・・・ほぇーーー・・・。」
目の前の竜真と葵は、口をポカン開けたまま聞いていた。理解できてないのか、信じられないのか、はたまた、話が難しすぎるのか。
「とにかく、竜真、あんたは時間遡行魔術を発動させるな。あたしが言いたいことはそれだけだ。」
「はぁ。」「はぁ。」
竜真と葵は何とも言えない返事を返してきた。
ともかく、葵としては、竜真に「時間遡行魔術を使うな」とこの時代の竜真に言えた。
これで葵は目的は果たされると考えた。
「よし、わかったね。」
葵は席を立ち、三人分の支払いを済ませる。
葵としては、この時代でやるべきことはやれた、これで竜真は時間遡行魔術を使わないはず、と考えた。
だから、それ以外には二人には干渉せず、距離おいて二人の様子を眺めることにした。
葵が接触したことで、この世界に多少の変動はあったが、世界はこれまでと同じく動いた。
二人は、ガーデンの兵の募集に申し込み、特別部隊に採用された。
グレン、魔女、バレルに出会い、修業し、大海戦に参戦し、敗戦する。
そして、例のパーティの日を迎え、ついに、モルトが絶魔終滅魔術、神撃を発動させてしまう。
それによって、この時代の葵は竜真を庇い死んだ。
葵自身も二人を観察するためにガーデンの近くの広場で様子を見ていたが、目の前には、神撃による高エネルギーの赤黒い波が迫っていた。巻き込まれれば、確実に死ぬだろう。
別に良かった。
これで、竜真が時間遡行魔術を使わず、あの無謀な努力せずに済むなら、それで成功だ。
目の前は、一面が赤黒い風景に取り込まれ、そこで自身の意識は途絶えた。
・・・。