113十五万七千八十五回目の奇跡
その後も、不定期にノイズがやってきたが、結局、同じループの繰り返し。
決して、無限に続くループから世界は離脱することなく、歴史は止まったままだった。
時折、葵はデジャブを感じることはあるも、結局、スルーされ、歴史が進むことはなかった。
そして、十五万七千八十五回目となる。
ここは、魔導図書館、竜真と葵は、魔法陣の原理でもある魔導回路についての調査をしていた。
葵は、書棚の前で本をパラパラめくっていると、突然に違和感を感じた。
「あれっ、」
はて、この違和感は何であろうか、と考えた瞬間だった。
「うっ」
葵は、突然の頭痛に襲われ、その場にうずくまった。
脳裏に浮かぶのは崩壊した世界だった。白と黒だけのモノトーンの世界に、黒い雨が降り続ける。
見渡す限り、白と黒の世界。バランタインの島だと思われるが、そこに街はない。その代わり、目下には瓦礫だけが一面に広がっている。
よく見れば、その瓦礫すらも、高熱で溶けたかのように、クリーム状に溶けだしたものが凝固していた。
それはガーデンと呼ばれる宮殿があった山なのだろうか。
木々はすべて灰になり、瓦礫だけになった山のふもとに、下を向き佇むだけの男がいる。
どこか遠いところを見つめたまま、動くことはない。
生きているのか死んでるのかすら、わからないが、その男が手に握っているのは、人型をした黒い物体だった。
ふと、男の顔が少しだけ、こちらに向けられると、葵は気づいた。その男は竜真ではないか。
「おい、葵?、葵!」
気づいた竜真が、葵のところに駆け寄った。
「だ、大丈夫、ちょっと貧血気味でね・・・。」
と適当に竜真を誤魔化すも、先ほど脳裏に浮かんだ風景が離れない。
葵は、なぜか、その風景を幾度なく、見た気がしていた。
引き続き、魔導回路について、調べるも、今の不思議な現象についても、ずっと考えていた。
そして、葵は一つの推測にたどりつく。
誰かが、何かの魔術を使った?記憶操作?あるいは、念力の類か?
幸いなことに、ここは魔導図書館、魔術に関する書物は大量にある。葵は、魔導回路について調べながらも、先ほどの脳裏の浮かんだ風景の現象についても調べた。
葵は調べつつ、先ほどの現象が仮に魔術であったとして、普通の魔術ではないと、うすうす、感じ始めていた。
ふと、葵の目線は禁書庫を向いていた。
そこは禁書庫の入り口、鉄製の扉で何重にも鎖が巻かれて施錠されている扉が見えていた。
「葵、まじか、あそこに行くのか?」
葵は周囲をキョロキョロと確認する。
「大丈夫、今なら誰も見てないわ。」
「誰も見てないじゃないって。」
禁書庫の扉は鎖で厳重に施錠されている。
葵は、扉の前にまで来ると、周囲に誰もいないことを再確認して容易に開錠してしまい、中に入ってしまった。
「ちょっと・・・」
竜真は葵の跡を追うように禁書庫へと入る。
禁書庫の中は、以前にも一度来たが、薄暗く、気温がすこし冷たく感じる。
部屋の隅には、相変わらず彼がいた。前回、禁書庫を訪れたときにもいた白骨化した遺体だ。こちらに目線が向けられているので、とても気になるが、葵は、一切気にせずに書庫の本を漁っていた。
竜真は、その様子にびくびくとしながら本を調査しているようであった、葵は一切構わずに禁書庫の本という本を次々に漁る。
「あったわ。」
葵は、一冊の古びた本を手に取りパラパラとめくる。
そして、一つの魔導書に書かれたあるページを発見してしまう。
そのページにはこのように書かれている。
――――
時間遡行魔術
過去へ時間をさかのぼることができる。
――――
他の魔術には、過去の事例や、注意事項などが豊富に記載されているというのに、その魔術だけは、その一行しか書かれておらず、不自然に余白が多い。
葵は気づく、仮に、時間遡行魔術が発動されたとして、発動させた者の記憶はどうなるか、仮に時間遡行が成功して、そこから始める歴史はどうなるのかと。
そして、葵は、そのページをじっと見つめながらも、ある仮説を立てた。
誰かが、時間遡行魔術を使った。そして、何度も同じ時間を繰り返し、ノイズなどで、その一部の風景が脳裏に浮んだのではと。
葵は、魔術に関してだけは、天才だった。実際、その推論は正解だったのだから。偶然にして見つけた時間遡行魔術のページで、葵は直感で気づいてしまったのだ。
だが、非常に残念なことは、葵は半信半疑だった。
確信を持つほどの、確証がない。
誰かが、時空遡航の魔術を使っていると推測して、それは推測でしかない。確かたる根拠が欲しい。
だからこそ、葵は、この奇跡とも呼べる千載一遇のチャンスを逃した。
確たる証拠ないからこそ、十五万七千八十五回目のループも、いつもと同じループになった。
実に、残念だった。
その後、訪れたのは、世界の崩壊である。
そして、世界はまたもこの無限に続くループから抜け出すことができなかった。
奇跡は幻に終わる。