111ループの不確定性
竜真が時間遡行魔術を発動させたことで、世界の時間は進むことがなくなった。
一定の周期でループし、繰り返すだけ。
その繰り返しは、実に、二千七百五十一回に及んだ。
そして、今もなお、二千七百五十二回目のループが進行していた。
時間遡行魔術は、ありとあらゆる物質を時間遡行前の状態に戻す。
当然、あらゆるものが同じなので、そこから始まる歴史も、まったく同じ歴史となる。
だが、世の中には完璧というものはない。どこにでも不確定性というものがある。
それは突然にやってくる。
無限に繰り返す神撃、絶魔終滅魔術、なんども訪れる世界の崩壊、だが、そこに、わずかな不確定なノイズが作用することで、まったく同じ時間を無限に繰り返すだけであった歴史に進展が訪れようとした。
時間はモルトが神撃を放つ直前だ。
葵は、竜真とともにガーデンの宮殿から外の庭園へと逃げていた。
前方からは衛兵たちが待ち構える。
竜真と葵の二人にもはや敵はいない。竜真は近くにいる衛兵にむけて、攻撃を仕掛けると見せかけてフェイントをだし、敵の背後に回って、背後から仕留める。
葵は、壁を蹴上げて、高さを稼ぐと、葵自身の周りに複数の魔銃を構築する。その魔銃からは遠方にいる衛兵たちを見事に、命中させる。
葵は、そのまま、見事に着地を決めた。
が、その瞬間、突然、頭痛に襲われた。
葵の脳裏に浮かぶのは崩壊した世界だった。
白と黒だけのモノトーンの世界に、黒い雨が降り続ける。
見渡す限り、白と黒の世界。バランタインの島と思われるが、そこに街はない。
その代わり、目下には瓦礫だけが一面に広がっている。
よく見れば、その瓦礫すらも、高熱で溶けたかのように、クリーム状に溶けだしたものが凝固していた。
ガーデンと呼ばれる宮殿があった山だろうか。木々はすべて灰になり、瓦礫だけになった山のふもとに、下を向き佇む男がいる。
どこか遠いところを見つめたまま、動くことはない。
生きているのか死んでるのかすら、わからない。その男が手に握っているのは、人型をした黒い物体だった。
ふと、男の顔が少しだけ、こちらに向けられると、葵は気づいた。その男は竜真ではないか。
「おい、葵、葵、大丈夫か?」
ふと、竜真に声をかけられて我に戻る。
「え、えぇ、うん、大丈夫。ちょっとぼーっとしてた。」
「そうか、なら、いいんだが。」
竜真と葵は、そのまま外の庭園へと逃げ出すと、そこから先の歴史は、前回のループとまったく同じだった。
そして、モルトは神撃、絶魔終滅魔術を発動させた。そこから先は何も変わらない。世界は崩壊し、竜真は百年の幾星霜をかけて、再び時間遡行魔術を発動させた。
ノイズによって、いつもと違う現象は起きた。だが、結局は、二千七百五十二回目のループにおいても、何も変わることはなかった。
その後も、不定期にノイズは発生する。
例えば、六千四百五十二回目のループである。
ちょうど、竜真と葵は、グレンの指示によって魔法陣を設置していた。
魔法陣の設置は、手渡された紙に書かれている複雑な模様を正確に模写するというもの。
とても、神経をすり減らす作業であり、単調な作業でもある。
葵は、ひたすら紙を見ながら、地面にその模様を模写する。単調な作業であるのと、つい先ほど昼ご飯の時間であったということ、そして、なんとも温かい日であったということもあり、徐々に眠気が襲っていた。
葵は、手を動かしながらも、頭がこっくり、こっくり、し始める。
そして、気が付けばまぶたを閉じていた。
葵が、気が付くと、目の前には、白と黒だけのモノトーンの世界が広がっていた。
黒い雨が降り続ける。
瓦礫だけになった山のふもとに、下を向き佇む男がいる。生きているのか死んでるのかわからないが、その男が手に握っているのは、人型をした黒い物体だ。
突然、男が手に握っている黒い人型の黒い物体が音もなく崩れ去った。もはや、形は残っておらず、そこには人の形をした黒い灰だけが残っていた。
ふと、男の顔が少しだけ、こちらに向けられると、葵は気づいた。その男は竜真ではないか。
「はっ」
そこで葵は目を覚まし、自分がいつの間にか、寝ていたことに気づいた。
「おい、葵、寝てるんじゃないぞー。」
一緒に魔法陣の模写の作業をしていた竜真が声をかけてきた。
「ね、寝てないわよ。」
と、言って葵は作業を続けた。
結局はそれだけだった。六千四百五十二回目のループのおいても、葵が気づくことはなかった。
葵は魔術に対する感性が強いのだろう。
不定期に訪れるノイズに対し、葵のみが異変に気づいた。だが、結局はそれだけのこと。
このループのおいても、モルトは神撃を放ち、世界は崩壊を迎える。
そして、竜真は、再び時間遡行魔術を発動させた。