9彼女との出会いと脱走
牢獄の中に当然、時計はない。日差しも一切入らないので、日数の経過は犬の餌のような飯の回数をカウントするしかない。一日に三回ほど餌ヤリが行わるので、今日が五日目の朝だということがわかった。
いつもと違うのは、餌ヤリと同時に屈強な兵士がやってきたことだ。
「おい、じじい、出ろ!」
怪しい呪文をずっと唱えていたおじさんを牢獄の外に連れ出した。おじさんの両脇を屈強そうな兵士がつかみ、その真正面に別のへ兵士が立って宣言する。
「先ほど、貴様の刑が決まった。異教信仰の罪により、貴様を火あぶりの刑に処す。刑は、この後すぐに実行する。連れていけ。」
あれ、確か、裁判とかされるのではなかったか。ここに連行される際に、御用の人たちに聞いた話だ。
「あれ、牢屋敷で裁判とするんじゃないの?」
思わず、声が漏れていた。
「ああ?どうせ火あぶりにの刑に決まっているのに、わざわざするわけねーだろ。」
(ちょっと待て。話がちがう!)
もしかしたら、好機が巡り、どこかで、死罪回避があるかもと思っていたが、完全に好機は潰された。俺はもう、ここで死を待つしかないのか・・・。
そんな時、竜真を縛る縄を引っ張る者がいた。
いつも端っこにうずくまっていたフード付きのローブを着ていた人だ。
「しっ、隣に座って」
小さな声で囁かれたが、その声は間違いなく女性の声。
言われたように、彼女の隣に座る。
「気づかれないように聞いて。」
竜真はこくりと頷く。
「脱走するわよ。」
「えっ。」
竜真は静かに小声で返す。
「いい?罪人を刑場へ連れていくだけ、そこにいる監視の兵士が一人だけになるの。そこを狙って脱走するわよ。」
「ちょっと待て。確実にバレるって。」
「バレても、ここにいてもどうせ死ぬのよ。だったら、一か八かで脱走するしかないでしょ。あんた、魔術が使えるのよね?」
竜真は横目で、彼女の横顔を見る。薄暗い牢獄で、フードをかぶっているので顔はよくわからない。だが、黒髪で竜真と同じくぐらいの年齢だ。
「おれは、魔術を見たことがあるだけで、使えない。剣術ならソコソコ・・・。」
「何よ。使えない男ね。あたしは魔銃を使えるわ。あのおっさんが連れてかれたあと、あたしが、魔銃で牢のカギと監視の兵士をやるわ。そうすれば、このフロアに兵士はいなくなる。没収された武器とかは、階段の近くの部屋に保管されているから、あんたはそこで武器回収。地下二階は正直どうなっているかわからないから、とにかく目の前の敵は片づける。その作戦で行くわよ。」
魔銃って何?という感じだが、確かにここに居ても死を待つしかないというのは同感だ。竜真も心を決める。
「わかった。」
「なら、兵士が行った後、あたしが合図出すから、あの監視の兵士に話しかけて、注意を反らして。」
「了解だ。」
今は、まだ兵士がおり、おじさんを連れて行ったところで、足音がするのだ。音は良く響き、まだこの階にいることが容易にわかる。今はまだ、時間じゃない。先ほどの彼女が言ったように確かに監視の兵士は一人だけ。他の兵士は先ほどのおじさんの連行に同行していった。
数刻が経過した。そして、今、音が完全になくなり、同居人たちのもぞもぞとする音だけ。竜真は彼女と顔を見合わせタイミングを見図らう。心臓の鼓動が大きくなり、緊張感が徐々に増してくる。
竜真が喋りかける。
「監視人さん!最近、いい天気ですね?」
としゃべり終わるかどうかという刹那、青い光線のようなものが、監視の兵士の額をめがけて一直線に進む。その刹那だけ、時間が止まったように、あたりが無音になったあと、監視の兵士がドサッと倒れた。
「あんた・・・何を兵士に向けて喋っているのよ。まぁ、いいけど。」
後ろを振り返ると、そこには先ほどのフードをかぶっていた彼女がいた。今は、フードはかぶっていない。篝火に照らされて、ようやく彼女の顔が見えた。
肩まで下がる黒い髪を一つに束ね、おそらく、自分と同じ年ぐらいの少女。正直かわいい。ローブの下には薄桃色の浴衣を着ていたようである。ローブと薄桃色の浴衣の組み合わせ、意外とマッチする。時折、浴衣のすき間から見える太腿がなんとも色艶がある。
今、彼女の片腕はまっすぐに伸び、その先にはうっすらと煙を挙げる拳銃を手にしていた。拳銃は昔、黒船に乗り込んだ際に見たことがあったが、それより、華美な装飾が施されていた。
しばらく、彼女を姿を目に焼き付けていると、彼女の手の先の拳銃が淡い光に包み込まれ、段々と薄くなる。そして、光子状のものを放出して消えてしまった。これが、魔銃というのか。
「何よ。キモっ。」
竜真はずっと彼女を見続けていたことに気づく。
「いや、その魔銃というのを初めて見たので・・・。」
「あった、魔術見たことがあるんじゃないの?」
「いや、俺が見たのは剣に青い炎が包まれているような、なんというか・・・」
「ふーん、魔剣と言われている技ね。魔術の応用みたいなものね。」
と、言いながら、そそくさと、鉄格子に取り付けられている扉に近づき、髪に飾っていたピンを取り出すと、扉の鍵穴に突っ込む。そして、一瞬でガチャっと音がして、開錠する。すばらしいまでに慣れた手つきだ。
彼女はいったん牢獄をでて、通路に出る。まわりは誰もおらず、通路の奥に見えるのは闇だけだ。
「さーって、ここからね。」
彼女はグーっと背伸びをする。
「あのー、もし、よろしければ、俺の縄をほどいていただけると・・・。」
「あぁ、そうね。」
そういうと、彼女は再度を手を伸ばす。すると、淡い光と共に、先ほどの拳銃が現れる。彼女はそれを竜真にめがけて引き金をひく。
「ちょ、まっ!」
竜真は自分が撃たれるのかと思った。が、彼女の拳銃から発せられた青い光線は、竜真の直前でグインと曲がり、竜真の体の下から上方向に抜け、器用なことに、縄だけが見事に命中した。縄はその場に落ち、竜真は解放される。
「今のは・・・?」
「魔銃だけど・・・さっ、行くわよ。まず、あんたの武器の回収ね。」
彼女は通路を大股でぐんぐんと進み始める。
竜真はというと、その場で呆然としていた。一度目の魔銃は、何かの見間違いなのかと思っていたが、それは間違いなく、魔術の一種だ。
形は違えど、数年前に相まみえた魔術を再び目にしたのだ。竜真からすれば、まさか再び魔術を目にするとは思ってもなかった。
ふと気が付けば、彼女はどんどんと距離を離して進んでいく。
魔銃という魔術がとても気になるが、今はそれどころではない。慌てて、竜真も後をついていく。
残った同居人も気になるところだが、扉が解放され、そこから脱走を始めたようである。
無事に脱走できるかはわからないが、まずは自分のことだ。