表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/142

105復活と色と涙の街、バランタイン

 

 例の事件から七十日が経過した。


 山のふもとで佇んでいた男は、目の前に置かれた橙色の果物をじっと見つめていた。


 どこか見たことがあるような果物。


 なぜか、懐かしさを感じさせ、それまで、思考を絶っていた男に、再び思考というものを復活させた。


 男は思考する。この橙色の果物から感じる懐かしさはなんであったのかと。


 彼は、橙色の果物を見つめながら一日ずっと考えた。

 それまで、たたただ、遠くを見つめるだけあった彼は、寝ることすら忘れ、考え続けた。


 そして、まるまる一日考え続け、はっ、と気づくのだ。


 それは、大京国でミカンを片手に頬張る女性。


 どこから取ってきたのか、隠れ家の洞窟の中での食事に必ず出ていた果物。

 冬にしか実らないはずというのに、なぜか、いつも片手でミカンを頬張っていた。


 そう、彼女は、これまで一緒にいた。


 男は彼女に頭を下げ、魔術を教えてほしいと懇願し、弟子になった。

 それからは何かとずっと一緒にいた。


 大京国では彼女は何かあれば、片手にミカンを持っていた。

 そして、気が付けば、はるか古京から遠いバランタインという国まで、一緒に来た。


「葵・・・。」


 男からミカンを頬張っていた女性の名前が口から出た。

 そして、男は、はっ、と気づく。


 もう、葵はいない。


 最後に、葵は、自分を、竜真を守ろうとしてくれた。

 今さらながら、あのときの、葵の温もり、葵の柔らかさが、感触となって蘇る。


 葵は言ってくれた。「竜真と出会えて嬉しかった。」、「竜真に生き延びてほしい。」、そのときは全力で逃げることを考えていた。だから、全く耳に入ってなかった。

 今となってようやく竜真の耳に届く。


「葵・・・。」


 男は、再び彼女の名前を口にする。だが、もう彼女はいない。


「葵・・・。葵・・・。あおい・・・。」


 ついに、男は泣いた。

 拳を強く握った。


 決して戻ることのない、大切な人を亡くしたという現実にやっと気づいた。

 食事もとらず、水も雨水ぐらいか取っていないというのに、涙だけは、その日、一日中、止まらなかった。


 バランタインは未だ一面が白と黒のモノトーンの世界であったが、涙で世界が歪んで見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ