105復活と色と涙の街、バランタイン
例の事件から七十日が経過した。
山のふもとで佇んでいた男は、目の前に置かれた橙色の果物をじっと見つめていた。
どこか見たことがあるような果物。
なぜか、懐かしさを感じさせ、それまで、思考を絶っていた男に、再び思考というものを復活させた。
男は思考する。この橙色の果物から感じる懐かしさはなんであったのかと。
彼は、橙色の果物を見つめながら一日ずっと考えた。
それまで、たたただ、遠くを見つめるだけあった彼は、寝ることすら忘れ、考え続けた。
そして、まるまる一日考え続け、はっ、と気づくのだ。
それは、大京国でミカンを片手に頬張る女性。
どこから取ってきたのか、隠れ家の洞窟の中での食事に必ず出ていた果物。
冬にしか実らないはずというのに、なぜか、いつも片手でミカンを頬張っていた。
そう、彼女は、これまで一緒にいた。
男は彼女に頭を下げ、魔術を教えてほしいと懇願し、弟子になった。
それからは何かとずっと一緒にいた。
大京国では彼女は何かあれば、片手にミカンを持っていた。
そして、気が付けば、はるか古京から遠いバランタインという国まで、一緒に来た。
「葵・・・。」
男からミカンを頬張っていた女性の名前が口から出た。
そして、男は、はっ、と気づく。
もう、葵はいない。
最後に、葵は、自分を、竜真を守ろうとしてくれた。
今さらながら、あのときの、葵の温もり、葵の柔らかさが、感触となって蘇る。
葵は言ってくれた。「竜真と出会えて嬉しかった。」、「竜真に生き延びてほしい。」、そのときは全力で逃げることを考えていた。だから、全く耳に入ってなかった。
今となってようやく竜真の耳に届く。
「葵・・・。」
男は、再び彼女の名前を口にする。だが、もう彼女はいない。
「葵・・・。葵・・・。あおい・・・。」
ついに、男は泣いた。
拳を強く握った。
決して戻ることのない、大切な人を亡くしたという現実にやっと気づいた。
食事もとらず、水も雨水ぐらいか取っていないというのに、涙だけは、その日、一日中、止まらなかった。
バランタインは未だ一面が白と黒のモノトーンの世界であったが、涙で世界が歪んで見えた。