104絶望と色と希望の街、バランタイン
例の事件から六十五日が経過した。
佇む男の前に作られた広場は、いつの間にか、より広くなり、さらに多くの人間が集まっていた。
広場にはテントが張られ、そこに人が住みつくようになった。
どこの誰だろうか、手押し車を作り、それにピアノを載せて、その広場に持ってきた。
とても調律がとれている訳ではないが、音は出る。
広場に集まる人間は、ピアノを奏で、金属製の缶のそこを叩いてリズムを取り、弦楽器で音を奏でる。
音はひどいが音楽だ。
それに合わせて、周りの人間たちは踊った。
ある一人が、いつものように黒い食べ物を、傍らで佇むだけの男の所にやってきて、彼の前にそれを置いた。
だが、男は決して、それに手を付けることはない。
微動だにせず、死んでいるかのようにも見えるが、呼吸はしていた。
だが、今日はそれだけではなかった。どこで手に入れたのか、橙色の果実を置いた。
それは大京国のミカンと呼ばれる果実によく似ている。
佇むだけの男は、その果実に視線を向けた。
「なんだ、動けるじゃねえか。いい加減食えよ。もう、絶望しているのはあんただけだぞ。」
毎日、食事を運んできた人間が、佇むだけの男に向けていったのだ。
バランタインは未だ一面が白と黒のモノトーンの世界であったが、新たに橙が色づいた。