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ところ変われば。

作者: 笠間

 久しぶり。元気にしてた?

 たった十二文字の言葉を、素直に送れる人間ならば私の人生は今とは違っていただろうか。


 夕方四時の廊下、冬の冷気に緊張を吐き出して電話をかけた。

 丸一年ぶりに、以前の職場の同僚に連絡をとることになった。大した用事ではない。何かに理由をつけて連絡をとることが目的であった。今連絡をしなければ、話すことはもうないのであろう。ここしばらくは感染症のパンデミックが騒がれ続け、人と会う機会も減り、寂しさに耐えきれなくなっていたのだ。いつでも接がれるという現実が、だからこそ、私のことを厳しく追い詰めた。


 短いコール音の後、元同僚の声が聞こえた。

 久しぶり。どうしたの。急に。

 うん、大した事じゃないけど聞きたいことがあってさ。

 本当に要件自体は大したことではないのだ。すぐに話も終わってしまう。


「最近どう? 元気にしてる?」

 自分のことながら他に言うことはないのかと思う。電話をかける前はあれこれ考えていたのに、いざ話がはじまると、無難だからこそ難がある言葉しか出てこない。

 窓から差し込む夕陽が跳ね返って眩しい。

「まぁ、それなりにね。今は残業もないしすぐに帰ってるよ。毎日子どもの世話ばかり。通勤距離が長いのだけが不満かな。」

 そう。この元同僚は結婚しているのだ。披露宴にも参加した。一年以上前の事だ。

「男の子、それとも女の子?」

「男の子だよ。」

「そう。いつ産まれたんだっけ? おめでとう。」

「もう後二ヶ月で一歳だよ。」

 そうか。そうなんだ。でも私は子どもがいつ産まれたか、知らなかった。

 何せ丸一年ぶりに話をしたのだから。

 その後しばらく近況を確認して電話を切った。


「じゃあ、また。」

 私の声は不器用に震えていたと思う。

「また、久しぶりに話せて良かったよ。」

 あなたの声は、いつも職場で聞いていた声と何も変わらなかった。

 

 しばらく、携帯の履歴から目が離せなかった。

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