4
そして、午後である。
私はお役目から蚊帳の外になってしまい、例の如くぽかぽか陽気の縁側で久しぶりに姿を見せた御倉神とぼんやりしていた。
御倉神曰く暇ならば二日に一度、忙しい時には三日に一度は南天さんがいる澄彦さん側の母屋の台所に出没している。
昔、澄彦さんが御倉神に対して、二日に一度の揚げを交換条件に私を神様の国へと連れて行くことを断念させるために交わされた約束の為だ。
たまにこちら側へも顔を出すけれど、やはり多門の狗が苦手なのか頻度は低い。
並んで肩を寄せ合い、空を見上げては雲の形を食べ物に例えるのが私たちの遊びだ。
「あれはわたあめだねー」
「あの四角は揚げだのー」
「あっちもわたあめだねー」
「向こうのは稲荷鮨だのー」
「あんた、さっきから揚げばっかりじゃないの」
「そういう乙女こそわたあめばかりぞ」
そんなくだらない会話を繰り返して、正武家は本日も平和だなぁと感じる。
きっと浅田さんを迎えた当主の間のお役目は、こことは正反対なのだろう。
私の野次馬根性を見透かした玉彦の言葉を思い出し溜息を吐くと、御倉神が首を傾げて顔を覗きこんだ。
「どうした」
「あ、うん。ちょっとね。午後のお役目に参加しちゃ駄目だって言われてさ」
私がそう言うと、御倉神は僅かに眉を顰めた。
「なにゆえ。神守として役に立たぬと言われたのか」
「そうじゃなくて。今回のはさ、ちょっとお父さんたちが死んだ時に似てるんだ。だから澄彦さんと玉彦は私が思い出さないように遠ざけたんだと思う」
「しかし乙女は参じたいのであろう?」
「うん……。でもそれって興味本位だったし、こんな気持ちでお役目に臨むのは駄目だって自分でも分かってるから」
俯いて自分の至らなさに自虐的に笑えば、御倉神の優しい手が私の頭を撫でた。
「うむ。ではわたしと散歩にゆくか」
「そうだね。うん。久しぶりに行こうか」
私は縁側の下に収められている草履を出してそのまま庭へと降りた。
春らしく柔らかな彩の花たちがふわりふわりと揺れている。
御倉神は私の手を取り、ゆっくりとした足取りで歩き出す。
てっきりこのまま表門を通って外に出るのかと思いきや、彼は左手方向に進み、産土神の社前を通り過ぎる。
そのまま澄彦さん側の母屋の庭を通り、母屋と離れを繋ぐ外廊下の横。
そして現在お役目中で障子が閉められている当主の間の縁側の前で御倉神は懐に手を入れて鉄扇を取り出すと、軽く仰ぐように振りかざした。
「ちょっ……御倉神!?」
御倉神の鉄扇は、ただの鉄扇ではない。
軽く仰いでもかなりの突風が巻き起こり、立っていられない程になるのだ。
過去には澄彦さんや玉彦を吹き飛ばしたことがある。
そして案の定、当主の間の縁側に面していた数枚の障子が突風により巻き上げられ座敷が露わになり、室内を駆け抜けた風により、廊下と室内を隔てていたはずの青竹の襖がパタリと倒れた。
突然の御倉神の乱入で、当主の間の面々はこちらに顔を向けて固まっている。
澄彦さんは持っていた黒扇が手から落ち、側役で控えていた稀人衆は帯刀を引き抜いていたけど相手が御倉神だと分かり困惑している。
縁側に背を向けていた玉彦は身を捩って振り向き、目を見開いていた。
普段ならば御倉神は私と南天さんと豹馬くん、多門にしか視認できないけれど、私と手を繋いでいたので正武家家人たちにも視えていた。
そして座敷の中央に座っていた浅田さんとその部下二人にも。