第一章『事の発端』
確かに玉彦は高校二年生に通山の私の実家を訪れた際に、隣家の守くんの家でいつかお酒を四人で呑み交わそうと約束をしていた。
でもその約束は大学生の時に小町と守くんが別れてしまって、もう果たされることはないと私は思っていた。
けれど去年、小町が守くんの転勤先である北海道に押しかけてヨリを戻したことにより、可能性が復活したことをすっかり忘れていた。
無事に小町と守くんと再会して、すっかり怒りが収まった私は夕餉の宴会まで部屋で再会を喜び合い、積もる話に花を咲かせた。
私と小町の会話に時折守くんの補足が入って、私の頭の中で今回の騒動がパズルのように組み立てられる。
そもそもの発端はやっぱりというか本人は無意識だったのだろうけれど、澄彦さんまで遡る。
今年に入り、美山高校では定年を迎える先生が五人も出てしまったそうである。
そこで教員募集を以前からしていたらしいのだけど、たまたまメールをしていた澄彦さんからその事実を知った小町は、北海道で夢を叶えて教師になっていた守くんに話を持ち掛けたそうだ。
普通なら急に転勤とかは出来ない。はずだった。
だがしかし、である。
正武家の根回しがあったのか、はたまた正武家の無意識の意向というものがこの五村の意思を動かしたのか定かではないけれど、守くんが美山高校に転勤することになったそうだ。
北海道から遠く離れた五村の高校への県を跨いでの転勤は異例中の異例らしく、守くん本人も何が何だか意味が解らないまま辞令を受け取った。
そしてトントン拍子に引っ越しが決まり、二人揃って美山高校のある藍染村にやって来たのが三日前。
で、ここからが玉彦を巻き込んだ騒動の始まりで、小町は玉彦と連絡を取り、事情を説明して今日を迎えたのだった。
それにしても、これから五村に住むのだったら別に今日この席を設ける必要はなかったのじゃないかと私は思ったことを口にすると、小町は屈託なく笑う。
そして言った言葉が「結婚記念日のプレゼントだよー」。
なんだかもう一人で怒ったりしているのが馬鹿らしくなってきて、全身から脱力した。
確かに二人が引っ越して来てこれから頻繁に会えるのは嬉しいことこの上ないけれど、さすがにこのタイミングは如何なものかと思うのよ。
けれど私がいくら文句を言ったところで我が道を行く小町は取り合わず、たぶん玉彦もこの調子で押し切られたのだろうと想像が出来た。
小町の勢いの前では人心掌握に劣る玉彦は取るに足らない。
そうして私たちは母屋の縁側で、玉彦曰く極上の酒の前にして数年越しの約束を果たしたのであった。