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3


 私の話を聞いた鈴彦とお竜は頷きながら同情をしてくれる。

 ほらね、やっぱりね。

 私の常識は間違ってなかったのよ。


 息巻く私を宥めるように背中を摩るお竜越しに顔を覗かせた鈴彦は、無表情ながらも心配している様子が窺える。


「しかし、次代が優先させた者とはいったい誰なのだ」


「え?」


「そうよねぇ。お屋敷で過ごすっていうくらいだから比和子も知り合いなのでしょう?」


 言われてみれば誰が来るのか私は聞いていなかった。

 でも玉彦と私の共通の知り合いって、大体は美山高校の同級生か鈴白村の人たちで、彼らは会おうとすればいつでも会えるのである。

 私の知り合いじゃないとすれば、玉彦の大学時代の人ってことになるけど。

 玉彦が大学時代の人と仲良くしているって話は聞いたことがない。

 同じ大学に通っていた豹馬くんや須藤くんはそういう人たちとそれなりに親交があるみたいで、何かあれば、例えば結婚式の招待とかあれば二人を通して玉彦の耳に届いていた。

 大学時代の友達は、三人の内誰かに伝えれば話が通ると知っているので、玉彦が嫌われているとかそういう訳ではないらしい。


「誰が来るのか知らない……」


 私の答えに二人は顔を見合わせた。

 だって玉彦の衝撃の予定変更からまともに話をせずに来てしまったのだ。

 でもそれが誰であろうと私は納得なんてしない。

 記念日の旅行をキャンセルしてまでなんて。


「ならばまずは膝を詰めなくてはだな」


「うん……そうする」


 素直にこくりとすれば、鈴彦は口元だけで笑う。


「次代とておぬしの気持ちを考えなかった訳ではないはず。しかしその者と会うことの方が旅よりも喜ばしいことだと判断をしたのであろう。その想い、汲み取ってこその妻であろう」


「はい……」


 鈴彦に諭されて、私は項垂れる。


 そうだよ。

 玉彦は他人の気持ちなんてどこ吹く風だけど、とりあえずは私の気持ちだけは考えてくれる。

 言葉足らずなのは玉彦の十八番だった。


「何が汲み取って、よ。そんなもの言葉にしないとわからないわよ。所詮、他人なんだから。大体鈴さまだって……!」


 せっかく鈴彦が良いことを言ってくれたのに、片眉を上げたお竜が生前の鈴彦の言葉足らずのせいで騒動が起こったことを蒸し返して、熱く語り出してしまったのだった。





 朝にお屋敷を飛び出した私は午前中をスズカケノ池で過ごし、お昼ご飯目掛けてお祖父ちゃんの家に乱入した。

 一応お屋敷にお祖父ちゃんの家に居ることを伝えると、電話に出た多門が後で迎えに行くと言ったけれど丁重に断った。

 たぶん午前中のお役目が終われば玉彦が探しに来るはずで、その時に多門が先を越していると不機嫌になること請け合いだからだ。


 それにしても、である。

 今日はどことなくお祖父ちゃんも叔父さんも夏子さんも私に余所余所しい。

 唯一お祖母ちゃんだけがいつも通りに、私にご飯を食え食えと勧めてくれる。

 三人は私に余計なことを言わないようにしているようで、そうなると自然と口数が減るのは当然のことだ。


 もしかしてもう私と玉彦の朝のいざこざが耳に届いているのだろうか。

 お屋敷に居ない私を心配した誰かがお祖父ちゃんの家に連絡をして、事情を話してしまったのかもしれない。

 午前中はスズカケノ池に居たので、十分にその時間はあった。


 お祖父ちゃんは、正武家に嫁ぐ孫の私に、何があっても正武家様を立てること、我儘を言わないこと、言われたことには黙って従うこと、などを言い聞かせていた。

 結局私は玉彦の、私は私のままで在れば良い、という言葉に甘えてお祖父ちゃんの言いつけは守っていない。

 この五村で生まれ育ったお祖父ちゃんたちは、正武家の人間を敬い畏れている。

 だから今日の様に玉彦とぶつかり合ったことを話せば、内容関係なく私が悪いと言われてしまう。

 なので私はお祖父ちゃんに怒られるのが嫌で居心地が悪く、お祖父ちゃんたちは何か含むところがあって気まずそうだ。


 今日は逃げ込む場所を間違えたかもしれない。

 私はお昼ご飯をいただいて、早々に立ち去ることにしたのだった。



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