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午後のお役目は浅田さんたち警察が最後だったので、私は多門に先導されて部屋へと戻った。
室内では既に紺色の長着に着替えた玉彦がぼんやりと縁側に座り空を眺めていた。
その背中を横目に私も白い小紋を脱ぐ。
綺麗に畳んで桐箪笥に仕舞い、楽な桜色の小袖に袖を通せば玉彦が振り返り手を伸ばした。
正武家で生活をするようになって数年。
高校を卒業するまでは洋服を着ることが多かったけれど、最近では当たり前のように和服を身に纏うようになった。
着付にも慣れて、案外着物も楽だということに気が付いた。
玉彦の手を取り隣に腰を下ろすと、何を言う訳でもなく、二人並んで空を見上げた。
こうした無言の時間も悪くはない。
けれど私には先ほどのお役目に関して彼に尋ねたいことが山ほどあった。
知ってか知らずか玉彦は一向に口を開かず、私も何となく話を切り出さない。
玉彦は私に『比和子』であることを求めている。
『神守』の私を求めてはいない。
彼と出逢った時の、正武家なんか関係ないと無邪気に言える私を。
そんな思いを知っているからこそ、こうしたお役目とは離れた空間でそういう話をすることが躊躇われた。
「比和子」
「んー?」
「来週、どこかへ行かぬか」
「え? 来週?」
「ふらりと予定を決めずに五村を離れて」
「なっ、なに? 急に」
玉彦の横顔を見上げると、真っ直ぐに流れゆく夕焼け色に染まる雲を見つめている。
「雲の様に気ままに」
「……現実逃避?」
「……痛いところを突く」
「だってお役目ほっぽりだしてどこかって」
「む」
「来週はみっちりと予定が入ってたでしょ」
「……うむ」
「それで、何があってそうなったの」
「俺だって偶には羽を伸ばしたい」
思いがけない玉彦の言葉に私は二度見する。
だって、お役目第一の正武家の玉彦が、お役目をサボりたいなどと死んでも言わないと思っていたから。
私は雲を眺めて微動だにしない玉彦に膝を向けた。
「玉彦?」
「これは勘だが。こうして穏やかに過ごせるのは今だけだろう」
「ど、どういう意味?」
「比和子がいる夏、いつも鈴白は騒がしい。今年の夏も騒がしくなる」
「あのさ、それってさ。そうなると私が死ぬまで毎年鈴白村の夏は騒がしくなるってことよね?」
私が恨めし気にそう言えば、玉彦はようやくこちらを見て目を見開いた。
自分で言っておいて、驚くってどういうことよ。
「何か手を打たねばならぬ。ということか」
そもそも私が中心になって騒動を起こしている訳ではない。
騒動に巻き込まれてしまうのだ。
白猿だって六隠廻りだってそうだった。
「でもさ、ぶっちゃけ玉彦が大学で離れてた四年間は夏はそんなに騒がしくなかったでしょう?」
「確かにそうだが」
「ということはよ? 二人揃って夏に鈴白に居るってことが駄目なわけよ。だから夏だけ私、鈴白から出ていようか?」
私の提案に玉彦は思い切り眉を顰めた。
何か手を打つにしたって原因が分からない以上、条件の一つである私が夏に鈴白からいなくなれば当面は大丈夫だと思うんだけど。
「ふざけたことを言うな。比和子が出て行くくらいならば、騒動の一つや二つどうということではない。しかし骨が折れる」
「じゃあやっぱり」
「いや。うむ。……その後、比和子が俺をきちんと労えば問題は無い」
「……いつもきちんと労ってるつもりなんだけど」
「……」
「いつもきちんと労ってるけど」
「……」
「それにまだ騒動があるって決まったわけじゃないし。しかもその前から羽を伸ばしたいってどういうことよ」
「これから始まる大一番に向けてゆっくりと休みたいのだ」
「大一番……って」
私が聞き返しても玉彦は僅かに微笑んだだけで、答えてはくれなかった。




