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浅田さんは私のお父さんと大学時代の同窓だと言っていた。
そして澄彦さんとの関係は現在正武家と警察という間柄だったけれど、それ以前の関係はたぶんプライベートな付き合いがあった友人だ。
そんな彼の中での私の位置付けは、同窓だった友人の娘、或いは警察と繋がりのある正武家に嫁いだ女性、そして澄彦さんの息子の嫁、だ。
現在警察として正武家を訪れていた浅田さんにとって、私は正武家の関係者として扱うのが正しいと判断した結果、微妙な感情を織り交ぜつつ私を呼んだ。
「呼び止められて無視をして立ち去るのも気が引けるので座りましたけど、ごめんなさい。私には何も言えることがないんです」
私がそう伝えると、浅田さんの後ろにいた二人があからさまに残念そうに肩を落とした。
だって仕方ないじゃないの。
そもそも私は今さっきお役目に参加したばかりで、浅田さんが持ち込んだ事案については何一つ知らないのだ。
連続殺人事件についてだろうことだけは解っているけど、澄彦さんがなぜ断ると決断したのか私には想像もつかない。
玉彦は既に御倉神が乱入する前のお役目の際に今回の事案には『神落ち』というものが関わっていると解かっていた。
だとすれば対処法も彼の中にはある程度組み立てられていたはずで、それは澄彦さんも同様だろう。
何せ次代の玉彦よりも当主の澄彦さんの方が経験が上なのだから。
だからこそ私を再開されるお役目に参加させた。
神守の眼が必要になるだろうと。
玉彦も不服ながら同じ考えであったことから、私が参加することに不安を覚えつつも澄彦さんの言葉を伝えたのだ。
けれどお役目を中断し、玉彦に私の参加を告げた澄彦さんが、お役目を再開する間に心変わりをした。
その空白の時間に何があったのか。
私には理解できない。
ただ一つ言えることは、お役目に関しての澄彦さんの下知は絶対であるということ。
なので当主が断ると言った事案を次代の玉彦や私が請け負うことは許されない。
一応神守の者として発言することも出来るけど、正直私一人が動いてどうにか出来る問題ではないことくらい判断できる。
それに五村内の事案であれば正武家の尽力を取り付けることが出来るけれど、五村外の事案について正武家は力にはならないと以前玉彦からも告げられていた。
あくまでも五村内では正武家と神守は連携するけれど、五村を護ることがモットーな正武家にとってそれ以外で巻き起こる不可思議な事案は本来引き受ける必要のないものだからだ。
私の言葉を聞いた浅田さんは、一瞬眉間に皺を寄せたけどすぐに平静を装った。
「そうですか。……まぁそうでしょう。貴女は正武家とはいえ血は別物。何も出来ることはないのでしょうから」
棘がある言い方にカチンと来たけど、私だってもう大人だ。
それに浅田さんの口ぶりから察するに、澄彦さんは私が神守であることを彼には教えていない。
だったら私は何も能力がないお飾りとしてお役目に参じたのだと思わせておいた方が良いのだろう。
でもさっきの御倉神について彼らはどう思っているのだろうか。
ただ突風が巻き起こり、御倉神と私がそこに居合わせたとでも思ったのか。
「その通りです。なので私はこれにて失礼させていただきます」
軽く一礼をして姿勢を正せば、浅田さんの視線が私を射貫く。
隠し事のある私はすぐに視線を外したかったけれど、彼の眼力がそうさせてくれない。
しばらく睨み合っていると、背後からポンッと肩を叩かれる。
振り向くと須藤くんが参りましょうと小さく言ってくれたので、私はそのまま席を立った。
遅ればせながら正武家家人たちが消えた奥の襖の前に差し掛かると、浅田さんが私に聞かせるように声を発した。
「今回の事件。貴女の親族の件と酷似している」
踏みとどまり再び振り向きそうになった私の肩を、多門が力強く掴んだ。
「あれは清藤の狗じゃない」
絞り出した多門の声に私は頷いて開かれた襖の奥へと進んだ。




