元公爵令嬢のギルドの受付お姉さん、元婚約者の第一王子に粘着される
※下ネタ注意!
21.10.08
加筆修正しました。ご報告ありがとうございます。
わたしの名前は『グウェン』。――けして、【グウェンドリン・ルイーズ=メイ・カールクス・オブラディン】ではございませんので、悪しからず。
「グウェンドリン頼む! もうお前しかいないんだ!」
「うるせえですわよクソボンボン! 私の人生にもうお前はいないんですわよこの腐れ脳味噌めが!」
そして――
このやったらキラキラしい見目とお衣裳に反して、涙と鼻水ダラッダラ垂らしているギャップ……いえ、ギャグ? な、この土下座野郎は――……冗談抜きで、この国の第一王子殿下でいらっしゃいます。世の中狂ってますね。
こんな情けない男と、婚約していた時期があっただなんて――……黒歴史もいいところです。いくら父と、国王陛下の命令であったとはいえ。
「お可哀想なほど頭が悪くても、見目がいいから何とか人の形を保っていたような方ですのに――……もう見るに耐えませんわ。こんなのが王子とか世も末です」
「おい全部声に出てるぞ」
――……ここは西の果て、国境付近最大都市≪アリービーア≫。
王宮のある王都からここまでは、馬車でならひと月ほどかかります。――……婚約していた頃は『忙しい』が口癖でしたのに、今は暇なのでしょうか? このクソ王子は。
「グウェン、どうしたの……って、うっわ何その男顔キッショ」
あと――もっと言うとここは、西方最大の冒険者ギルド【黄昏】の本部でございます。
この本部は依頼受付・請負の窓口の他、ゴールドランク冒険者の待機所、無料治療院、食堂兼酒場……などなど、必要施設を各種備えております。
そして今、二階の食堂から降りて来られたこちらの方は――……【黄昏】が誇る最強ゴールドランク冒険者、ニコルさんです。
「またクレーマー? つまみ出そうか?」
「お願いいたします。見るに耐えなくて……」
「ふ、ふざけるな!」
見た目こそポメラニアンのように可愛らしい雰囲気のニコルさんですが、称号は『西の覇者』――泣く子は黙り、猛者ですらビビり倒します。
そんなニコルさんは、この地に辿り着いた“ワケありの流れ者”だった私を、何かと気遣って下さった恩人です。
今でこそ私は『【黄昏】の受付嬢グウェン』ですが、生まれは王都、姓はカールクス。
王家オブラディンを名乗ることを許された、カールクス筆頭公爵家の長女であり――……この見るに耐えない男と結婚し、行く行くはこの国の王妃になる予定でございました。
「俺は第一王子だぞ!? お前たち、不敬にもほどがある!」
「は? 馬鹿じゃね? ――ここはギルド本部、身分なんてクソほども役に立たねーよ」
「なっ――」
「……って、第一王子ってアレ? 自分の浮気を棚に上げて婚約者追放して、親父に大目玉食らって廃籍されたっていう――」
「り、立太子の話が白紙になっただけだ! けして廃籍などでは、」
「えーそれ廃籍でしょ?」
「違う!」
――……世間はそれを『執行猶予期間』というのですが、教えてさしあげる義理はございません。
何せその、“追放された婚約者”とは私のことです。
今でこそ充実した毎日を過ごしておりますが、婚約破棄どころか、身に覚えのない罪を着せられて追放宣言。……これをやらかされたのが、およそ三年半前。
衆人環視のもとで吊し上げられ、私の矜持はいたく傷つきました。――許せるわけがありません。貴族は誇りで生き、誇りで死ねるのです。
それに王都からアリービーアへの旅路は、けして生易しいものではありませんでした。悪路で馬車が故障し、山では山賊に襲われかけ、積み荷と金目の物は奪われ、魔獣に襲われ……。
いわば私は、元婚約者に殺されかけたようなもの。怨みしかありません。
もし素直に『浮気が本気になった』と打ち明けてくだされば――そして、手順を追って円満に婚約解消に動いて下されば、私もここまで怨みはしませんでしたのに。
「つーか王子サマのくせして≪ギルド憲章≫知らねーの? ヤバくね?」
「ば、バカにするな! それくらい知っている!」
「あからさまなウソつくじゃん。『ギルドは姓と家名を持たない』。ジョーシキじゃん?」
やはりバカは罪ですわね。廃嫡は妥当なようです。国王陛下、グッジョブ。
本当に、ここまで馬鹿とは――……なお、ニコルさんの仰る≪ギルド憲章≫は、冒険者ギルドのための法律です。
立ち入り禁止の未踏の地の調査・踏破、危険領域内での魔獣討伐や掃討作戦、技術的・法律的に栽培不可な植物の調達に、国の軍事組織がうろつけば戦争になりかねない国境付近の偵察……などなど。そういった仕事を請け負うのが、冒険者ギルドです。
法の手の及ばぬ仕事を請け負うことは、この国の法で守られている人間には出来ません。犯罪になってしまいますから。
かといって法がなければ、『ギルドならば何でもOK!』と誤解が生じ――……最終的に無秩序の武力集団となり、国家の脅威となるでしょう。
そこで発足したのが、≪ギルド憲章≫というわけなのです。
「あんたを守る法律と、俺を守る法律は違うの。そしてここの法律は、俺たちを守る法律なの。あんたはここの法律に縛られないけど、守ってももらえないの。分かる?」
当然立太子を視野に入れて教育されたのですから、この国をはじめとする世界の法律関係はしっかりと、一から百までを叩きこまれているはずなのです。
でも……ニコル様のお察しの通り、著しく『頭がヤバい』のです。このお方は。
「やっぱ廃籍なんじゃね? 王サマって賢くないと出来ないんでしょ? アンタ頭悪いことしかしてねーじゃん」
「な、何だと!?」
「だって……良識がなくて、常識もなくて、この国で施行されてる法律も知らないって……。てか『知ってる』って言い張るけど、それって『勉強したけど身についてない』ってことじゃん? 致命的じゃん」
「り、良識と常識がないとはどういうことだ!」
あ、『法律知らない』は否定しないのですね。
ふと、グールマン侯爵のお顔がよぎります。殿下の家庭教師だった侯爵の尽力を思うと……ああ、涙が。
「だって、婚約者いるのに浮気したんでしょ?」
「浮気じゃない! 真実の愛だ!」
「馬鹿じゃねえの? 王族の結婚なんて、他国となら国交や和平交渉、国内なら貴族間のパワーバランス調整に血統の保持、内紛や派閥争いがあれば、その鎮静化のために、熟考に熟考を重ねて決めるもんじゃん? それを“真実の愛”だなんて、血税払ってる国民の腹の足しにもならないような理由で放り出すなんて……王族の常識なんもねーじゃん。ノブレス・オブリージュって知ってる?」
「なっ……!?」
「『なっ』じゃねえですわよ」
――……失礼。思わず声に出してしまいました。
「まさかとは思いますけれど……お相手のダール男爵令嬢に、王妃が勤まると本気で思っていらっしゃったの?」
「あ、愛さえあれば!」
「呆れたこと……妃教育にどれほどの予算が組まれているのかご存じなのですか? それこそ、ちっぽけな愛で賄えるようなものではありませんわ。国民の血税なのですから」
今、王家にはお姫様がいらっしゃいません。よって王家の血筋を汲む家に生まれ、末端ながら王位継承権も持っていた私は、生まれてから婚約が正式決定するまでの間ずっと、『国の切り札』でした。
国交を結びたい国へ贈る親愛の証。戦争が起これば、友好国の協力を仰ぐために送られる絆。もしくは、敵対国への和平交渉のために送られる人質――……
こういった使い方をするためには、妃教育が必須です。私が『切り札』になるための教育費は毎年、王命によって国庫から予算が組まれました。
「せめて殿下のお心が、ダール男爵令嬢のものとなった時点で――正直におっしゃって下さればよかったのです。『この娘を愛してしまった』と。そして私は父に、殿下は父王陛下にそれぞれお話して、円満解決を目指してさえいれば、処遇も世間の目もまた変わったでしょうに……」
幸い、世界は平和そのものでした。
ならばこの国の王太子へと嫁ぎ、行く行くは王妃となって国の基盤を盤石のものにする――私の“妃教育にかかった費用”は、このようにして国へと還元されるはずでした。
しかしそれを、後先考えずに追放してしまっては……。
「ほら、良識も常識もないじゃん」
――……傷つけずに手元に置いておけさえすれば、いくらでも使いようのある『切り札』でしたのに、私は。
「おい! お前さっきからうるさいぞ!」
「ならとっとと帰れよ。ここは俺たちの縄張りなの。お貴族様はお呼びじゃねえんだよ」
「なんだと!?」
それを――己が一存で盛大に断罪(しかも冤罪)して捨て去り、あまつさえ自由奔放なゆるふわガールを『ぼくちんの王妃にするんだもん!』発言……。廃嫡も、のちに行われるであろう廃籍も頷けます。トップが馬鹿では、国家は成立いたしませんから。
それにしても……このお馬鹿のせいで、受付待ちの列が長くなってまいりました。迷惑極まりない。
そんな私の心を察して下さったのでしょう。ニコルさんが水を向けてくださいました。
「つーかさ、何しに来たの? 一応まだ“王子サマ”なんでしょ? 追放には早くない?」
「それは、……そ、そのぅ」
「経緯はいいから結論だけ。五秒以内ハイ五四三」
「は、早い早い早い!」
ポンと手を打ってからの高速カウントダウン――こういう時のニコルさんは、いつもより一層輝きます。
まあ普段から彼は、とってもキューティーなポメラニアンちゃん(握力百越え)ですが。見目を『可愛い』というとむうっとされてしまいますので、滅多に口には出しませんが。
でもむっとしても可愛らしい、罪なお方です。紛うことなく、成人年齢を過ぎた男性なのに。
「ぶっぶー時間切れー。ハーイお帰りクダサーイ」
「ま、待て! 待ってくれ!」
――このように、お声も少年のようにお可愛らしい。
ふわふわの亜麻色の髪も、ぱっちりと大きな目も、くりくりの琥珀色の瞳も、小さなお口も可愛いのに、眉から鼻にかけてのシルエットには、どことなく気品が漂っていらっしゃって――……この見目に、一体何人の人たちが騙されたことか。
「グウェンドリン! 俺はお前を迎えに来たのだ!」
「帰れドクソ」
「はあ!? なんだと!?」
「……本当にお帰り下さい、殿下。夫が拠点を変えない限り、この街を出る気はありませんから、私は」
「お、」
そして――……私もその一人。
「夫だと!? このアバズレが! 俺というものガフウッッ!?」
なんだか――……非常に不名誉な呼ばれ方をされたと思った瞬間、殿下が飛びました。アッパー食らって。
見事な背面飛びでした。ヘアピンのような軌跡を描いて、殿下の身体が沈みました。床に。
「ねえ。俺の奥さんに、何言ってくれてるの……?」
そして――……そんな見事なアッパーを繰り出したニコルさん。
笑顔はキューティーですが、その背中に鬼がいることを――……私はよく知っています。
ちなみに服の上からは見えない胸板の厚さも、腹筋がバキバキなのも、よく知ってます。だって――この方は私の、『愛しの旦那様』なのですから。
「ニコルさん、素人相手にえげつないですわよ」
「グウェン……」
良心からお止めいたしました。――……ニコルさんがクソを殴って犯罪者に、そんなことになってしまったら私、故郷を滅ぼしかねませんもの。妻は強しなのです。……あら? “母”だったかしら? まあとにかく。
「でもこのクソ野郎、俺の可愛い奥さんを『アバズレ』って」
「ニコルさんったら――私、そのお気持ちだけで十分ですわ。だって汚物を殴れば、拳に汚物がつくのです。私、ニコルさんの手にはもっと別のことをしていただきたいんですの」
「グウェン……」
――……命からがらこの地に辿り着いた私を、最初に見つけてくれたのがニコルさんでした。
そしてそれからも、たくさん助けてくれたのがこのニコルさんで――……お嫁さんにまでしてくださったご恩を、私は一生かけて返していきたいのです。
ですから私は――
「殿下。私は絶対に、夫のそばを離れません。冤罪も汚名もそのままで結構! 消えかけの命しか持たないような私を愛してくれた方に、私は何もかもを捧げると神に誓ったのです!」
ニコルさんからのプロポーズの言葉は、『一生そばにいてほしい』でした。ならば私は、その通りにいたしますとも。
――……いいえ、そんなのは詭弁です。
私が愛するこの方から離れられない、離れたくない――たった、それだけのこと。
「グウェン!」
殿下の胸倉を掴んでいたニコルさんが、ぱっとその手を離して――その時殿下が、ビュンっと横に吹っ飛んでいったのは気のせいでしょうか?
確かめる術はありませんでした。何せ――……カウンターテーブルに飛び乗ってきたニコルさんに両頬を挟まれ、それはもう熱烈なキスをされてしまったのですから。
「ああ、かわいい俺の奥さん世界一……お家帰ろっか。お風呂とご飯と俺、同時進行にする?」
「ダメですよ。定時までまだ二十二分ありますから」
「俺、グウェンのそのストイックなところ大好き! たまんない……!」
「お戯れはほどほどになさってくださいね。皆さん、見ていらっしゃいますから……」
ベッドでするようなキスを、このような場所でされるのに未だに慣れません――……が、周囲は慣れっこになりつつあるようです。『ヒュー』とか『いいぞー』とか、『もっとやれー』とか。
「ところで……ニコルさん。クリスとレーナは? さらっと食堂から出ていらっしゃいましたけど、今日は託児所がお休みですよね?」
「ん? ここに来る前にオリバーんとこに預けて来たよ? お泊りするってさ」
「……オリバーさんはお若い独身男性なのですから、頻繁に子守りを任せてはいけませんと言っておりますでしょう?」
「大丈夫だって! それに俺たちだって、新婚三年目のほやほやじゃない? 夫婦円満のために、がっつりいちゃいちゃしなくっちゃ!」
密かに『結婚三年目は新婚ほやほやではないのでは……?』とも思いましたが――私がニコルさんの提案を、断れるわけがないのです。
「……朝には子どもたちを迎えに行きますからね」
「はいはーい」
「――……では、大変お待たせいたしました。次の方どうぞ」
多大なる犠牲を払って得る、貴重な時間です。――……ノー残業のために私は、残りの仕事に集中することにいたしました。
なので――……ニコルさんにぶん投げられて壁にめり込んだ殿下が、救護班に救出されてすぐ警備部隊にしょっ引かれて行ったことなど、私はまったく気が付きませんでした。
「――……で、そういえば何しに来たの? あの人」
殿下は『受付嬢に絡んでギルドの業務を滞らせた』ということで事情聴取を受け、その日のうちに王都へ強制送還されていった――……と、私とニコルさんが知らされたのは翌々日のことでした。翌日は非番でしたので。
「何でも――立太子を白紙にされた上に、本命の男爵令嬢とのご結婚も認められず……ならば私を正妃、男爵令嬢を側妃として迎えれば、“権力も女も両方自分に戻って来る”と考えたそうですわ。だから、『迎えに来た』のだと――」
「よーし殺す!」
――――……私の愛する夫は、ドラゴンの喉笛を食いちぎるポメラニアンです。
あのアホ一人のせいで、王都が火の海に……なんてことになりかねません。
どうか思い留まるよう説得していたら――再び子どもたちをオリバーさん(ニコルさんの幼馴染みの武器職人さん)に預けることになってしまいました。
「ってことでよろしくね、オリバー。クリス、レーナ。いい子にしてるんだよー」
「はーいパパ」
「パパバイバーイ」
「ふざけんなー!!」
仕事を終え、子どもたちを託児所まで迎えに行ったその足で、オリバーさんを訪ねたら――……『次も双子だったら俺は面倒見切れないからな!』と叱られました。が、平和には代えられません。
「家庭の和が世界平和を作る……か。グウェンの考えは素敵だね」
「何を仰るの! 我が家のベッドは戦場です!」
もしくは裏切りの荒野です。見た目ポメラニアン、中身は狼。
「よろしい、ならばもう一回」
「もう無理です!」
そして数ヶ月後――
第一王子が正式に王家から廃籍された上で、恋仲の男爵令嬢と共に国外追放されたことを新聞で知ったのですが――……まあ、私たちにはもう関係のない話です。
雪のちらつく晩秋の夜に、その新聞は暖炉の焚きつけに使いました。私はこの小さな家で、家族で寄り添って過ごす温かい冬をもう知っているのです。
【登場人物】
グウェン
;ギルド受付嬢として働く二児の母。元公爵令嬢だったが、ニコルとの結婚で貴族籍から抜けた。
;なお王都追放の翌日には『冤罪だった、愚息がゴメン』を王から公爵(グウェン実家)にされていたため、『婚約者の言動に目くじらを立て、親しくしている男爵令嬢に嫌がらせ行為を繰り返していた』という汚名は晴らされていた。
;↑ということで王都に戻ってきて! と使いがグウェンを探し出した頃には、既に結婚・妊娠中だったため、国は切り札を失った……。
ニコル
;育休中のゴールドランク冒険者。見た目の可愛さに反して腕力とメンタルが強すぎる男。あと嫁への愛も強すぎる。
;討伐依頼遂行中に、行き倒れていたグウェンを発見。一目惚れ。助けて世話して仕事も住むところも斡旋してやり、半年後には結婚に持ち込んだ。とんだやり手のポメラニアン。
;自分と嫁がいちゃいちゃするためなら、平気で周囲を犠牲にする。子どもたちを頻繁に知人に預けるダメ父かと思いきや、家族のピンチには必ず駆けつけ、腕力で解決する戦うお父さん。
第一王子
:グウェンの婚約者だった王子。正妃の第一子、継承権第一位、筆頭公爵家令嬢が婚約者……と役満で立太子される条件を揃えていたが、王立学校在学中に知り合った男爵令嬢にうつつを抜かして失脚。
;『正妃との間に生まれた男児はお前だけではない!』とパパに怒られ、『妃教育も受けていないお嬢さんはちょっと……』とママにも眉を顰められ、弟たちには裏でも表でも馬鹿にされ、議会でも総スカンを食らってようやく『あ、ヤベ』となったモノホンの馬鹿。
:王都へ強制送還後、事の次第(男爵令嬢を側妃に迎えるためにグウェンを迎えに行った)を説明したらもちろん皆さん大激怒。特に男爵令嬢からは無言でアッパー食らい、結果として前歯と権力と真実の愛を失った。
全然書けなくなってしまって、リハビリしてます……。
2021.10.08
別作品(N0728HG)がランキングに入った影響か、こちらも閲覧数が急激に……! ありがとうございます!