第8話 契約が不安な件
休日。やっこさんと、魔女さんのもとにやってきた俺たちは、早速訓練をみてもらうことになっていた。魔女さんの森は魔物がおらず、訓練にならないとの理由から、場所は別の森。俺たちくらいのステータスがあれば、そこそこ強い魔物も倒せるらしいが、実戦経験はどちらもないので、今回は弱い魔物たちのいる森だ。ゲームでいう始まりの森っぽい。学園では、まだ魔法の実践はさせてもらえていないから、魔法を使うのはこれが初めて。めっちゃワクワクしている。
「魔法については?」
「自然界に存在する力を借りて使うのが魔法で、借りる対価が魔力……だっけ」
やっこさんの答えに、魔女さんは満足そうに頷く。
「契約はまだしてないね?」
「はい」
「まだです」
契約とは、自然を司る神々に名乗り、自分の魔力を渡す代わりに、自然界の力を使う許しを得るということ。講義で習った。契約は、必ず立会人の監視下で行うことになっている。魔力制御がうまくいかず、暴走する人もいるかららしい。特に、MPが高い人、DEXが低い人ほど暴走しがちらしい。まんま俺じゃん。
「じゃあまず、契約からだ。契約の呪文は覚えてる?」
「一応」
「ばっちりっす」
「どっちからする?」
「やっこさんからでもいい? 俺ちょっと不安」
「ふふ、暴走しそうだもんね」
「おい半笑い」
「じゃあ大笑いしていい?」
「心配してくれます?」
「魔女さーん、俺からやりますー」
「やっこさん反抗期……?」
魔女さんは、俺と自分に薄いガラスのようなバリアを張ると、やっこさんに「いいよー」と気軽に合図する。あまりの気軽さに、無意識に入っていた肩の力が少し抜ける。
やっこさんも息を整えると、ゆっくりと呪文を唱えはじめた。
「遥かアスガルドにまします神々よ、汝我が声に応えたまえ。我、契約を望む者なり。我、ナディヤ・コールリッジの名において、今ここに契りを交わさん」
詠唱中、やっこさんの周りに、淡い光の粒子が、降り注ぐように現れる。詠唱が終わると、それがやっこさんの輪郭を包み、一際強く光る。そして、まるでやっこさんの中に吸い込まれるように光が消えると、魔女さんはバリアを解いてやっこさんに近づいた。
「暴走はなさそうだね。気分はどう?」
「特に変化はないような……」
「試しに<ルークス>って唱えてみて」
「<ルークス>」
ふわっと蛍のような光が、やっこさんの前に現れる。
「うわ、光った! すげえ、魔法だ!」
「えーいいなやっこさん! 俺もやるー!」
「次はしえん君ね……」
「魔女さん何でちょっと嫌そうなんです?」
「守りを強めにしとかなきゃなってね……腕鈍ってないといいけど」
「え……なんか怖くなってきた……」
やっこさんの時とは打って変わって、不安そうな魔女さん。俺は危険物か何かか。いや、危険物か。
やっこさんと自分に、さっきより分厚めの、強そうなバリアが張られる。しかも、ちょっと距離が遠い。「いいよー」の声も硬い。暴走ってそんなやばいの? 俺大丈夫?
でも、ここまで来て契約しないという選択肢はない。覚悟を決めて、呪文を唱えた。大丈夫でありますように。
周りに、やっこさんと同じように光の粒子が現れて、自分の中に吸い込まれるまでは一緒。束の間、ほっとする。
だが、そこからだいぶ違った。
「え、え、何これ!?」
「やっぱりね!」
ぶわあああとよく分からない、風のような、圧のような見えない何かが、自分の中から吹き荒れて、木々を揺らし始めた。つむじ風のようなそれは、収まるどころか強くなっていき、木の根がみしみしといいながら傾く。
「これどうしたらいいの!?」
「それは貴方の魔力よ! 意識を集中して、自分の中にある、魔力の扉を閉めるイメージをして!」
「扉!? し、閉まれ閉まれ閉まれ……!」
目を瞑って、言われたとおりにイメージする。重い扉を、無理やり閉めるような映像が浮かぶ。すると、吹き荒れていた風が、ぴたりと止んだ。
「大丈夫、しえんさん!?」
「びっ……くりした……」
駆け寄ってきたやっこさんは、さすがに予想以上だったのか普通に心配してくれた。
「あはは、すごかったねー! ここまでのは、あたしもあんまり見たことないわ!」
「これ、収まらなかったらどうなってたんですか?」
「気絶させてたよ?」
「ひえっ……」
笑顔で怖いこと言うな、この魔女さん……。MPを魔道具で吸い取って、空にするという選択肢もあるらしいが、俺のMP量だと時間がかかるから、気絶させて、外から閉めるほうが手っ取り早いらしい。自分で閉められて良かった。
「さて、じゃあ契約も済んだことだし。早速訓練といこうか」
「おおー!」
「お願いしまっす!」