第5話 死の魔女(中編)
「やっこさん、やっこさん」
「なんだい、しえんさん」
「あのオシャンティーなお屋敷、なんだと思う?」
「誰か住んでそうだよね」
「誰が住んでるんだろうね?」
「……死の魔女?」
「ですよね!」
おっちゃんの嘘つき、ただの森じゃないじゃん……と思ったところで、後の祭り。回れ右して歩いても、戻ってくるのはお屋敷の前。もうこれ、覚悟決めて入るしかないんじゃないだろうか。招かれてるとしか思えない。
森の入り口にもあった、大ぶりの白い花が、庭にたくさん咲いている。柔らかい日差しと、心地よい風も相まって、穏やかな風景だけど、油断はできない。転生してすぐ死ぬのはやだ。
だが、ずっと森をお散歩しているわけにもいかない。勇気を出して、カバードポーチの階段を上がり、メルヘンなアーチ型ドアの前に立つ。繊細な装飾のドアノッカーに、若干汗ばんだ手をかけ、小さくノックした。
すると、カチャンと軽い音を立てて、ひとりでに両開きのドアが開いた。うわあ、大歓迎じゃん、嬉しくない。
「どっちが先入る?」
「しゃあないなー、やっこさんに譲るよ」
「いやー悪いし、しえんさんどうぞ?」
「いやいや、レディファーストだから」
「お前もレディだろ」
「じゃ、身長順で」
「そこは名前順でしょ」
美しい譲り合いをしていると、突然、足元の感覚が消えた。え? と下を見ると、きらきらとした魔法陣らしきものが現れている。奇麗だなーとか思う間もなく、その魔方陣は、落とし穴のように俺たちを飲み込んだ。
「痛ッた……くない」
「びっくりした……」
落ちてきた俺たちを、ぽふんと柔らかい何かが受け止める。混乱と驚きでどきどきしながらも確認すると、肌触りの良いリネンのような感触。ソファか。座り心地いいな。
「ごめんね、焦れったいから喚んじゃった」
ソファの低反発で心を落ち着かせる。ぽふぽふ。いい反発具合だ。
「それにしても、変わったお客様ね。面白いなあ、見たことないや」
このソファカバー、ほんのりいい香りがする。なんの香りだろ、ハーブかな。
「ねえ、貴女たち、もしかして」
そういえば、しえんさん静かだな。どうしたんだろ。急に貴族令嬢らしく、背筋なんかピンと伸ばしちゃって。
「違う世界から来たのかな?」
違う世界。その言葉に、意識を目の前の、めちゃくちゃ美人なお姉さんに移す。目が合うとお姉さんは、嬉しそうににこりと笑った。
「ふふ、やっと見てくれた」
現実逃避してみたが、事なきは得られなかった。チッ、駄目だったか。しょうがない、腹括ろう。
気を取り直して、居住まいを正すと、スラリと長い足を優雅に組むお姉さんに、まっすぐ顔を向ける。
「改めて。ようこそ、死の魔女の館へ。可愛らしいお嬢さんたち」
腹の底の読めない妖艶な笑みが、俺たち二人を出迎えた。
「えっと、どういったご用件でしょうか……」
「あはは、そんな怖がんないで。ただちょっと、お喋りがしたくてね」
「お姉さんが、死の魔女って呼ばれてる人ですか?」
「やっこさん直球すぎん?」
「うん、そう。物騒な二つ名つけてくれちゃって、失礼しちゃうよね」
「さっき近くで人形劇見たんですけど、あの話は本当ですか?」
「メンタル無敵なん?」
「ほとんど嘘だねー。あたしがパライにいたってことくらいかな」
「弁明しないんですか? 酷い言われようでしたけど」
「あたし長生きだからさ。すぐ死んじゃう奴らに言い訳してもなーって感じ。面倒よ」
「へえ、タフですね」
「やっこさんも相当やで?」
おろおろしているしえんさんはさておき。本当に害意はなさそうだ。死の魔女なんて呼ばれていなければ、ただのグラマラスで美人なお姉さんだ。というか、そのスタイルのせいか、なんとなく見つめづらい。露出なんてほとんどないのに。
「今度はあたしが質問していい?」
「どうぞ」
「貴女たちのその力は、違う世界から来たからなのかな?」
「ん?」
「力? なんのですか?」
「あら?」
三人でぽかんと互いを見る。
力? 俺は、あのスキルのことだろうか。じゃあしえんさんは? しえんさんも何か、特殊なスキルでももってんのかな。
しえんさんの方を見てみるが、心当たりのなさそうな顔をしている。このお姉さんは、一体何のことを言ってるんだろうか。
「もしかして、知らない感じ?」
「お姉さんは、何かわかるんですか?」
「あたしは、二人の力を感じたから、ここに招き入れたの。その年齢で、その魔力量は異常としかいえないから」
「それ詳しく」
二人揃って、お姉さんの言葉に食いつく。
なんか、急にチート臭くなってきた。いいぞいいぞ、俺たちはこういうのを待っていたんだ。
俺たちの態度の急変にちょっと目をぱちぱちとすると、お姉さんはふっとおかしそうに笑った。
「よければ鑑定してあげようか? そうすれば、もっと詳しくわかるよ」
「是非」
俺たちの、国脱出計画が、大きく前進しそうな予感がする。
思ったより、死の魔女の話が長くなりました。もうちょっとお付き合いください。