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第4話 死の魔女(前編)


 ナディヤ・コールリッジ。モルゲンロート王国にある田舎町で、平民の両親から生まれた普通の女の子。牧畜や畑仕事をしながら暮らしていたが、ある特殊なスキルが認められ、生活は一変した。貴族や限られた平民の通う、モルゲンロート王立魔法魔術学園に通うことになったのだ。

 それが俺の、今世の記憶だった。

 学園内の寮で、引っ越しの荷物を片付けていた時。つまずいた拍子に本棚にぶつかり、落ちてきた本の角が脳天を直撃し、前世を思い出した。その翌日、前世の友人である、しえんさんと再会した。今は国を出るため、しえんさんと共に、情報や資金を集めている。特訓もしたいが、場所が確保できないため、それは後回し。

 二週間ほどではあるが、あまりに遊びのない生活に、ちょっとストレスがたまっていた。

 なので今日は、情報収集がてら、せっかくの異世界を楽しもうということで、二人で街をぶらぶらしていた。そんな時。


「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! まもなく、王都グランデ名物『救国の王子と死の魔女』の人形劇が始まるよー!」


 威勢のいいおっちゃんが、客引きをしている。広場の方に目を向けると、そこそこ大規模な人形劇用のセットが組まれていて、その前には結構な人数が集まっていた。


「どうする?」

「見てくか」


 ちょうど開演時間だったのか、俺たちが人だかりに加わると、すぐに幕が開いた。年季を感じる人形たちが、舞台の袖から顔を出す。


――昔々、パライという、とても大きな国がありました。

パライではその日、お城で、王子様が生まれたお祝いの宴を開いておりました。

ところが、楽しい宴の途中。恐ろしい魔女がやってきて、こう言ったのです。

「王子が二十歳の誕生日を迎えて、最初の満月の夜。王子は死ぬ」

それは、宴に呼ばれなかった魔女が、怒りで王子にかけた、死の呪いでした。

魔女は続けました。

「もし呪いを解いてほしければ、この国を渡せ。王子か、国か。来るべき日までに選べ」

世界中から魔法使いを呼び集めても、誰も魔女の呪いは解けません。

月日は過ぎて、王子が二十歳の誕生日を迎え、最初の満月の夜。

魔女がお城へやって来て、言いました。

「満月の夜がやってきた。王子か、国か、選んだか」

王子は答えました。

「国は差し上げられません。代わりに、私の命を差し上げましょう」

それを聞いた魔女は、怒り狂って言いました。

「私はこの国が欲しかったのだ。ええい、忌々しい。お前の命だけでは足りぬ。この国の民を皆殺しにしてしまおう」

魔女はその恐ろしい魔法で、人々を襲います。強い騎士も、すごい魔法使いも、誰も魔女には敵いません。

しかし、王子には特別な魔法がありました。

王子は、その魔法で魔女を封じると、呪いで死んでしまいました。

悲しんだ国の民は、王子のためにクラリスの花を植えました。

パライが滅んだ今でも、クラリスの花は、王子を悼むように咲いています。

おしまい。


 ぱあ、と拍手とともに、劇は幕を閉じた。閉じるとすぐに、近くの店の客引きが、観客たちに寄って来る。


「どこの世界でも、こういうおとぎ話ってあるもんだねー」

「ね、なんかあちこち、聞いたことあるなって思うとこあったし」

「結局、魔女はどうなったんだろうね?」

「今でもどっかで生きてんのかな」

「おや、お嬢ちゃんたち、死の魔女に興味があるのかい?」


 さっき人形劇への客引きをしていたおっちゃんが、にこにこと俺たちに近寄ってくる。


「ここから少し東へ行ったところに、魔女が封じられているといわれている森があるよ。興味があるなら行ってごらん。案内板があちこちにあるから、そう迷わないだろうさ」

「え、そんな気軽に?」

「今さっき、怖い話聞いたばっかりですけど」

「大丈夫、ただの森だよ。俺はひい爺さんの代からずっとこの街にいるが、何も起きちゃいない。ちょっと不思議な森だから、そんな噂がたったんだろうよ」

「不思議というのは?」

「どこから入っても、どう歩いても、必ずみんな同じ場所に出ちまうのさ」

「ある意味安全ですね」

「ああ、面白いだろう? ガキの頃、よく遊びに行ったもんだ」


 おっちゃんは、懐かしそうに笑う。

 まだ帰るには早いしな。しえんさんも興味があるようなので、二人で行ってみることにした。



 広場から十五分ほど、案内板のガイドに沿って歩く。すると、白い大ぶりの花で飾りつけられた、アーチ型のゲートが見えてきた。『ようこそ、死の魔女の森へ』と書いてある。


「めっちゃ歓迎ムードじゃん」

「完全に観光スポットと化してますね?」


 森の入り口近くでは、露天商がお土産物を並べて売っている。危機感はまるでない。森から帰ってくる人たちもだ。

 普通、ファンタジーで「死の魔女の森」とかいったら、「あの森に近づいてはならん!」とか言って、いかにもなお婆さんとかが止めにくるイメージだけどな。おっちゃんに聞いた通り、怖い場所ではなさそう。


「せっかくだし、入ってみる?」

「面白そうだしね」


 そして俺たちは、足を踏み入れてしまった。

 死の魔女が棲む、森の中へ。


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