第3話 お前、ヒロインやろ
情報収集は大事だ。まずはヒロインを探しながら、別の生徒でも観察しよう。
始業式前。なんとなーくきょろきょろしながら学園内を歩いていると、周囲の視線が突き刺さる……気がする。でも、振り向いてみても目は合わない。というか、わざと逸らされている。関わりたくないオーラを、生徒たちからびしびし感じる。これはあれか。嫌な噂、広まっちゃってるかんじか。そりゃそうだ、前世の記憶が戻る前の、シェリルとしての記憶は、ろくでもないものばかりだ。俺だって絶対関わりたくない。
だが、このままでは少しまずい。会話での情報収集が期待できそうにない。人見知りの俺が、このアウェイな空気で「ねえねえ~」とか話しかけるのは辛い。バッドエンド以前に、学園生活が不安だな、これ。
ちょっとナーバスになっていると、背後の方にいる生徒たちの空気が変わったのを感じた。あまりいい空気じゃない。どうやら、こっちに歩いてくる誰かについて話してるみたいだ。
俺以外にもぼっちな奴がいるのかと、失礼な期待を込めて後ろを振り返る。すると、バックに花畑背負ってそうな美少女と、目があった。
さらっさらの、長い亜麻色の髪。白磁やら象牙やらにたとえられそうな、白い肌。背景の花にも負けない、控えめでも目を引く桜色の唇。怜悧な光を湛えた、大きな栗色の瞳。
瞬間、確信する。はっはーん? こいつがヒロインやな?
すると目の前の美少女も、俺と同時に、そっくり同じリアクションをとった。美しすぎるかんばせに、はっはーん? という悪い表情を浮かべている。ん?
想像していなかった反応に、お互い間抜けな顔で固まる。どゆこと?
「えーと……ご、ごきげんよう?」
「あー……ほ、本日は、お日柄もよく?」
「晴天に恵まれ?」
「足元の悪い中……?」
「ぶはっ! どっちだよ!」
混乱で、前世の友人が好きだったお笑い芸人のネタを口走ると、美少女が思いきり噴き出した。その気持ち良い大笑いに、友人の姿が重なる。あれ、これ、もしかして。
「やっ……こ?」
「え?」
前世の友人の名を呼ぶと、美少女はぴたりと笑いを止め、まん丸に見開いた目で俺を見つめる。何かを探るような視線が、徐々に驚きの色に変わる。
「もしかして……しえんさん?」
しえん。俺が前世使っていた、ネット上での名前。確定だ。
「やっぱりやっこか!」
「うっそ、しえんさん!? え、こんなことある!?」
前世の記憶を取り戻して、二日目。もう一人の転生者であり、友人のやっこと、感動の再会を果たした。
*
始業式後、俺の部屋で喋りまくる。思いもしない味方の出現に、すっかり勝ち確の気分だった。
「うわー、びっくりだわマジで」
「同じとこに転生したってことは、もしかして、あのトラック事故ん時、しえんさんもいたの?」
「……え、ってことはやっこさんもトラック転生?」
「略すのやめて?」
お互いの姿に違和感はあるが、慣れたやり取りにほっとする。
「これからどうするかあ」
「やっこさん、わかっとると思うけど、多分ヒロインやで」
「え、嫌なんだが」
「で、私……悪役令嬢ですわ。縦ロールやもん」
「あ、うん、それは気づいてた」
縦ロールの髪を見せつけるように払うと、「ぽいわー」と笑うやっこ。
「俺、許嫁の王子おるからさ。王子とヒロインくっつけて、バッドエンド回避しようと思っとったんやけど」
「やだ。俺、心は男」
「だよねえ。え、どうしよう、俺死ぬ?」
「悪役令嬢って、そんなすぐ死に直結するの?」
「最悪の場合は想定しとくべきかなって」
「最悪といえば、ヒロインにとってのハッピーエンドって、俺にとってのバッドエンドじゃね?」
「そっか、王子と結婚……」
「いーやだ! 男とはやだ!」
哀れ、ヒロインと悪役令嬢に押し付けあわれる第一王子。シェリル時代の記憶にいるイケメン王子に、心で合掌する。ごめんな、いい人見つけてくれ。
王子はさておき、今は俺たちのことだ。
ヒロインと王子がくっつけば、やっこさんがバッドエンド。くっつかなければ、俺がバッドエンド……の可能性。お約束的にはそう。知らんけど。
心強い味方を得たつもりだったが、逆にややこしい事態になったかもしれない。どっちに転んでも、どっちかバッドエンドとか、これもう詰んだんじゃね?
「もう、バッドエンドになる前に国出ようかな、俺……」
「え、いいな、俺も一緒に行く」
「……ん?」
「え?」
何となく言ってみただけだが、やっこさんが乗っかってきたことにより、ふと気づく。あれ、悪くないかもしれない。というか、それしかないんじゃないか。
「出るか、国」
「うん。で、冒険者ギルドとか入って、異世界ライフ楽しもう」
「うわ、急にワクワクしてきた」
「剣」
「魔法」
「冒険」
胸躍るワードに、テンションが上がっていく俺たち。心は男の子。こういう話は大好きだ。
どこの国に、いつ、どうやって行くか。課題はいろいろある。でも、バッドエンド回避とかを考えるより、ずっと前向きで、楽しい。
世界が変わっても、姿が変わっても、また出会えた友人に、そっと感謝した。