第2話 悪役令嬢に転生したらしい
がたん、ごとん、と馬車が揺れる。中でうたた寝をしていた私は、傾いていく頭をそのまま壁に預けようとして、勢いよく失敗した。
ガンッ!
「痛ッ!」
瞬間、脳内でなにか、不思議な映像が駆け巡っていくのを感じた。膨大な情報量に、痛みを忘れて混乱するが、ものの数十秒の間に、私――いや俺は、その情報を理解する。
あ、これ、前世だ、と。
前世を思い出した俺は、ついでに自分の状況も素早く察する。自分、異世界の悪役令嬢に転生してますやん、と。
悪役令嬢こと、シェリル・アッカーソン、十五歳。アッカーソン公爵家唯一の女の子として生まれ、蝶よ花よジーニアスよと甘やかされた、わがまま娘。
家の権力と得意のわがままで、第一王子の許嫁という立場をもぎ取り、将来をも約束された、とんでも娘。
自分至上主義で、身分による差別も激しく、大変な気分屋で、自分の行動を省みるという概念の存在しない、やべえ娘。
そんな娘が今馬車で向かっているのは、モルゲンロート王立魔法魔術学園。貴族と、特待生として選ばれた優秀な平民が集い、共に三年間を過ごす場所。
嫌な予感がする。
俺は、目の前の、心配そうな顔で見てくる侍女に、恐る恐る問いかける。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「あ、はい……それより質問していいですかね」
「え?」
「田舎育ちで平民の新入生って、来ます?」
「え、は、はあ……?」
俺の様子が変わったことに、若干の戸惑いを見せながらも、侍女は考えるように顎に拳をあてる。
「そういえば……一人、話題になっていた方がいました。なんでも、かなり特殊なスキルを持った女性だと……」
「あ、俺これ死んだわ」
よくある悪役令嬢の異世界転生モノやん! 前世で流行っとったやつやん! 最初っから死亡フラグ立っとるやつやん! マジか、俺男ぞ!? どうせならチート転生モノが良かった! 無双して世界とか救いたかったあああ!
わあああと嘆いていると、「お嬢様がおかしくなった!」とテンプレのセリフを吐く侍女。いやほんと、そういうのいいんで。そんなことより、テンプレ通り対策を練らないといけない。
スン、と冷静になると、目の前の侍女に向き直る。
「一応確認しときたいんですけど」
「は、はい」
「俺……ちゃうわ、私って、その話題の新入生と会ったりとかって、しました?」
「始業式は明日ですから、まだだと思いますが」
「その新入生にばったり会って、いびり散らかしたりするタイミングって、来ます?」
「いびり散らかすおつもりなんですか?」
「その新入生に、婚約者とられそうになったりします?」
「どういうことですか……?」
「で、その新入生めちゃくちゃいじめるシーンって、あります?」
「どういうことですか?」
「最終的に私が追いやられて、処刑か国外追放になったりって、します?」
「どういうことですか!?」
会話のドッジボール。混乱する侍女に、最後の一球を投げる。
「最後に一つ確認したいんですけど」
「何でしょうか!?」
「ルート分岐って、まだありますかね?」
「……お」
「お?」
「お嬢様が、おかしくなったああああああ!!!」
なったー……なった……った……と、森中にこだまする、侍女の叫び。失礼な、俺は正常だ。
*
前世俺は、日本で普通に働いていた、一般的な成人男性だった。仲の良い友人たちとゲームをするのが好きな、ごく普通の。
そんな前世最期の記憶は、迫りくるトラック。友人から頼まれて、巨大な同人誌の即売会に売り子として参戦するため、会場に向かっている途中だった。ご多分に漏れず暴走したトラックが自分に激突し、景気よく吹っ飛ばされた。
走馬灯らしき映像が脳内を巻きで流れる中、思ったことは、「あ、異世界転生とかしそう」だった。まさかそれが、こんな形で実現してしまうとは。
始業式は明日。悪役令嬢として転生した人は、バッドエンド回避のため、だいたいヒロインとイケメンがくっつくように仕向けたり、邪魔しないように動いたりする。前世、そんな話をよく見かけた。ならば自分も、そう動くのがベターではないだろうか。作戦としては大雑把で安直だが、持っている情報が少ない以上、対策の立てようもない。
おかしいな。こういうのってだいたい、「前世読んだ本で」とか、「前世やってたゲームで」とかって、ある程度の知識を持って転生したりするもんじゃないのか。これでは、他の登場人物たちと何も変わらない。そもそも、ここは何かの作品の世界だったりするわけじゃないのか? 自分の存在があからさまに悪役令嬢だったから、そう思っちゃっただけで、別に死亡フラグなんて立ってなかったりするんだろうか。だったらいいんだが。……いや、それは少し危機感がないか。
とにかく明日だ。明日、噂の新入生とやらを探してみよう。用心するに越したことはない。仲良くなれたら一番いいが、悪くても嫌な印象は持たれないようにしよう。
あー、お布団が気持ちいい。さっさと寝ることにした。




